作曲に集中しているとき
中1 じょたろ(akoino)
2025年8月1日
作曲に集中しているとき
井上丈太朗
作曲に集中しているとき、不意に、音楽というものが、自分の知力や感覚では、捉えようもない(神秘的な) ものに思われることがある。音楽という有機物な流れの中では、その(一つの和音の)響きは千変万化するもので、その表情の豊かさは、まるで、生きたもののようだろう。作曲は音と人間との共同作業だと思うから、作曲家は音に傲慢であってはならないだろう。そして、私たちは、自然から多くを学ぶと、良いと考える。
第一の理由に自然の良さが数多くあるからだ。私はこれを体験したことがある。それは、一泊二日でいった。自然体験学習だ。この自然体験学習では、大分県にある扇ヶ鼻という山に登った。この山に登ると知ってから、頂上の景色をいく前に山頂の景色などを調べてから行ったとてもきれいだとは思ったが、実際に行ってみると、大きな岩に登ってから景色を見ることができ、また、山頂の涼しい風などを感じることができ、写真で見るより、綺麗に見えた。このように、写真などで見るより、実際に行くことにより、自然から学べるため、自然から学ぶことは大切だと思う。
第二の理由に、自分自身を謙虚に見つめなおせるからだ。こう思ったことにも体験がある。それは、自然体験学習で、扇ヶ鼻という山に登ったが、もともとは、くじゅう山に登る予定だったのだ。それが何故扇ヶ鼻登ったのかというと、雷注意報が出ており、くじゅう山に登ると、間に合わないということで、扇ヶ鼻に登ったのだ。また、最近では、南海トラフ地震が来るなど、言われており、災害への準備をしている。だが、自分自身を謙虚に見つめなおさず、自分が一番の立場だったら、この自然災害などをすべて止められだろう。しかし、我々には、そのような能力はないため、自然災害が起こるなどのようなことがあったら、我々が対応しなければならず、自然災害は、待ってくれない。このようなことがあるため、自然を感じに行くことによって、自分自身を謙虚に見つめなおせると思う。
私は、自然から多くを学ぶことは良いと考える。確かに、自分自身の技術を向上させる努力も必要だ。しかしカメラマンはレンズのほこりを払う前に目のほこりを払わねばならないという名言もあるように、私たちは何かを作ろうとするときに、謙虚さを持ち、まず自然中から学ぼうとする気持ちを忘れてはならない。