皆さんには、まだ字を(感)
小6 あこりお(akorio)
2025年8月2日
字を読めない頃に読んだ、「漫画の書き方」と言う本が想像を絶するほど面白かった。私にとってそれは、謎に満ちた物語、通常の音階を持たぬ歌だったのだ。本を読むと言うのは、そこにあるものをこちらに運ぶような機械的な作業ではなく、我々の内に何かを作り上げていくことなのだ。面白くなかった本の妙味が、歳を重ねることによってわかるようになったりもする。そう言う読みに耐えられる、厚みを持ったものが、古典だ。
私には、好きな本がある。「ハリーポッター」という、魔法使いハリーポッターが闇の帝王と戦っていく物語だ。私は、この面白さを誰かと共有したいと思い、本好きの友達にこの本を勧めた。一週間後に、
「長いね。ごめん、あんまり…」
と言う感想が返ってきた。同じ本を読んで、このように全く異なる感想を持つことに驚いた。このことから、人によって本の感じ方、受け取り方が異なることがわかった。
私の印象に残っている本は、「シートン動物記」だ。この物語には、狼王ロボ、ギザ耳うさぎなどの動物の英雄の一生が描かれている。狩猟者によって家族を殺されたり、自分自身が深く傷ついたりする悲しいシーンと、人間との絆を描いた心温まる物語もある。父にも、心に残っている本を聞いてみた。父は、「十五少年漂流記」という物語が印象に残ったのだそうだ。文章だけでもワクワクし、実際に自分が冒険をしているかのように思えたのだそうだ。父はこの本を、冒険物語の基本だと考えている。私は何年か前にこの本を読んだのだが、途中からキャラクター設定についていけなくなり、途中で読むのをやめてしまった。もしかすると、いま、また読んだら、父のように面白く読めるのかもしれない。
人間にとって読書とは、人生を通して自分にあった本を探し求めることだと私は考える。だから、私はこれから、私にあった本を探し、知識や楽しみを取り入れていきたい。