人の豊かさとは
   高1 あかさも(akasamo)  2025年8月2日

 貧困な層の定義として世界銀行等で使用されるものは、現実の構造を的確に認識する用具として、適切な定義の仕方といえるだろうか? たとえば貧困と定義され、所得を引き上げる政策によって、自分たちの食べるものを作ることを禁止された農民たちは、大量消費市場のための商品作物を作って金銭を得るほかはなく、以前よりも貧しい食物しか手に入れることができなくなったが、彼らは統計上、所得を向上したことになり「貧困」のラインから「救い上げられた」人口の統計のうちに入ることになる。私たちは豊かさの意味を考えなおすべきだ。

そのための方法としては第一に、個人の価値観に違いがあることを知ることだ。私は自分の学校が好きだが、友達には今すぐ辞めたいと言っているほど学校のことを嫌いな人もいる。私は補習をしてくれたり、ロケットを飛ばせる活動があったり面倒見がいいところが好きなのだが、友達はそれを面倒臭がっている。楽しい活動もあるが、興味がないものも多いので、友達の気持ちもよく理解できる。

第二の方法としては、先進国の価値観を押し付けないことだ。アマゾンの先住民や原始的な生活をしている人には鬱もがんもない。世界一幸せな人と呼ばれている。毎日が生きることに必死で鬱になっている暇などないからだ。先進国の人たちからすると、アマゾンで野獣から逃げたり、自給自足の生活をしたりすることは不便で大変かもしれない。しかし、当の本人たちは先進国の人たちよりも充実した日々を送っていると思われる。人によって幸せに感じることは違うので、自分たちの価値観と合わせる必要はないと思う。

 確かに、日々の生活を豊かにすることは大切だ。しかし、今のウクライナやイスラエルでは戦争が絶えない。そんな中、生活の豊かさを考えている場合ではない。「真の豊かさとは、懐にではなく、心と精神の中にある。」という名言があるように、見た目だけの豊かさにこだわらないようにしたい。