豊かさ
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 貧困な層の定義は、一日当たりの生活費が一ドルという水準である。貧困というのは、金銭を必要とする形式の中で金銭をもたないことにあると思う。金銭を必要とせず、自給自足で生活がまかなえる人たちは貧困というのだろうか。一日に使える生活費を上げることが大切なのか。

私たちは豊かさについて再考すべきだ。

そのための第一の方法は、人の豊かさをお金がある、なしで判断しないことだ。

宝くじのサマージャンボがいま行われていることもあり、駅前の宝くじ売り場で券を買う人を見かける。どうやら、この宝くじ一等・前後賞あわせて七億円らしい。一枚、三百円の券が七億に化けるというこんなうまい話は宝くじぐらいしかないだろう。高額宝くじというのは、日本だけではなく世界各国で行われている。そのため、これまでに高額を一夜にして手にした人も数多まではいかないが少なからずいる。そんな彼ら、彼女らは高額を手にした後どんな人生を送ったのか。二〇〇二年、当時十九歳のイギリス人、マイケル・キャロル氏。当選金額は、約九百五十マンポンド。日本円にしてなんと、十七億である。イギリスの大学卒業者の生涯収入の目安が百四十から百六十ポンドとされているため、九百五十マンポンドが相当な額なことがうかがい知れる。そんな大金を手にしたその後の彼はというと、豪邸や高級車を手にし、パーティー三昧の日々へと変わったらしい。このような生活を毎日続けているともちろんのこと所持金は底につきた。宝くじに当選してすぐからギャンブルや薬物にはまってしまい妻との離婚、など家族崩壊がおこってしまったらしい。大金を手にすることによって、これまでの生活と違った余裕のある生活を送ることができるかもしれないが、家族が崩壊してまで幸せと思えるのだろうか。豊かさというのは、お金があることによって成り立つものではないと思う。

第二の方法は、豊かさを数値化するのをやめるべきだ。

GDPというのは、国内総生産のことをいう。その国の経済規模や、経済の成長率から景気を知ることができる。ブータンという国はご存じだろうか。南アジアの内陸国で、インドと中国のチベット自治区に挟まれたヒマヤラ山脈にある。この国のGDPはというと、二〇二三年は約三〇、六億円であった。世界順位では、百六十余りの国があるなか百五十三位で低いのである。しかし、ブータンは幸福という考えにおもきに置いており、GNH、国民総幸福量という概念を提唱した。これはGDPと違い、経済成長だけでなく、自然、文化、心の豊かさも大切にするというものである。実際に、ブータンのこのような考え方はチベット仏教からきている。「物質より精神的な満足」に価値を置き、お金が少なくても「今ここでの暮らしに感謝する姿勢」が豊かさの源といわれている。そのため、国連の世界幸福度報告でも、ブータンは経済規模の割に幸福度が高い国として評価されてきている。人の豊かさというものは、欠けているところや、ないものを補えることによってもたらされるのではなく、今すでにあるものに感謝するかどうかなのであると思う。だから、豊かさは数値化できないし、逆に数値化してしまうとその数値を上げようとする欲がうまれてしまうのではないだろうか。

確かに、世界各国がある程度のお金を持ち、経済が好景気になったほうが世界各国の格差をなくすことにつながるかもしれない。しかし、どんなに国との間で格差がなくなったとしても最終的には、豊かさは、心の充実と人との繋がりをもっことでしかうまれないのではないだろうか。