言葉の持つ意味
   中2 あかるら(akarura)  2025年8月1日

 いわゆる「ら抜き」言葉に関心が集まっている。こうした関心の偏りが国語問題を反映している。まず世代間の断絶が背景にある。同世代にしか通用しない隠語は日本語の境を越え旧世代はついていけない。もともと地域による違いや官民の意識の落差、そして根本には言語観の違いも横たわる。時代の流れとともに国語審議会の役割も変化してきた。だからこそそれぞれの現場で私達の言葉をどうしていくべきか、各自が考えていく必要がある。



 新しいものが出てくるのは当然だ。時代の変化と共に取りまく状況やそれに伴う心情の変化があるからだ。その一例として若者言葉が挙げられる。言葉は時代を映す鏡だ。現代では常にいくつもの「若者言葉」が作り出され、SNSや日常会話で広く使われるようになっている。私も学校でよく耳にし、自分から使うことも多い。それはその世代の仲間意識や繋がりを感じることができるのだ。ある日、母は自分の時代の「若者言葉」について教えてくれた。母の時代にはチョベリグ(超ベリーグッド)やその反対のチョベリバ (超ベリーバッド) という言葉が使われていたそうだ。やはり、どの年代であってもその世代のみが楽しむことのできる言葉が作られるのだ。今では全く聞くことのない過去の「若者言葉」も多い。このような言葉もその世代では言葉遊びのように楽しまれていたのだろう。時代の流れがますます速くなっている現代ではより多くの「若者言葉」が生まれ、時代に応じて消えていくのかもしれない。しかし私達は今この瞬間の言葉が繋ぐ同世代との交流を楽しむことできるのではないか。



 しかし、古いものも大切だ。この「古い」には「正しさ」も含まれており、教養の一つとして価値があるからだ。今使われている「若者言葉」を長年使う人は少ない。資格などの面接、就職後、そして親になった際の教育的観点からの問題が背景にあるだろう。確かに若者言葉を使った会話はその場の雰囲気を盛り上げるかもしれないが、正しい日本語を使うことでより多くの人に伝わる話をすることができる。その代表となる一つがアナウンサーだ。彼らは老若男女全ての人に伝わるよう様々な工夫をしている。発音や顔の表情はもちろん、何よりも彼らは正しい言葉に気を配る。私は今までにアナウンサーが「若者言葉」などといったくだけた言葉を使って話している様子を見たことがない。演出上「ヤバい」などの言葉を使うことがあったとしても常に日本語の正しさを追求している。正しい言葉への配慮は全世代への配慮である。新しさはかりに目を向けるのではなく、正しいものにも向き合うことがどの時代にも通用する教養の表れとなるのではないか。



新しいものにも古いものにも良さがある。しかし最も大切なのは、相手に伝えることだ。「言葉の力を知らずして、知識を深めることはできない」という孔子の言葉がある。言葉は相手に何かを伝達し、共有するための手段として生まれた。だからこそ、人間のニーズに合わせ新しい言葉ができたり、変化したりしてきた。このような言葉を活用するには、まず私たちが「言葉は相手に伝えるためにある」ことを心に留めておかなければならない。これは外国語でも言えるだろう。私は英語の勉強をしている。英語での会話は初めの一歩が難しく苦労することも多い。しかし、相手に伝えたい思いを強く持ち、積極的に挑戦することで少しずつより多くの人とコミュニケーションを取っていきたい。