うなちゃん、こんにちは。言葉に頼ら(たよら)ないコミュニケーションは、感性が共通しているからこそ成り立つのでしょうね。日本では、年中行事で自然やお祝い事をみなで楽しむ習慣があります。これからの季節だと、名月をめでたり、農作物の豊作を祝ったり、(きく)の花を愛でたりします。こいったものは、同じものを見て感動して、老若男女を問わず、同じ理解ができる安心感がありますね。
 まず、言葉に頼ら(たよら)ないコミュニケーションは、感動を分かち合え共感できるからですね。夏と言えば花火です。夏祭りの最後を飾る(かざる)花火をみんなで楽しむことができたのですね。そうして、語らずとも楽しみにしたのはみんな最後の花火でした。日本人ならではの有終の美を飾る(かざる)という気持ちでつながっていましたね。
 また、見るコミュニケーションで、共感する力が育ちます。これは、友達や周囲の人たちと心をすりあわせることになり、共同体の一員になれるような体験になりますね。そして、日本人は相手の考えに合わせようとするから、より優しいものになるのです。
 言葉を尽くし(つくし)て、正確に相手に伝えることが必要な場面もあります。しかし、やはり同じものを共有しながら感動の受け手が自由に解釈(かいしゃく)をひろげていけるような、日本的なコミュニケーションは大切にしたいですね。
<<え2013/56jみ>>




内容◎ 構成◎ 題材◎ 表現◎ 主題◎ 表記◎

字数/基準字数:1128字/800字
思考点:69点
知識点:75点
表現点:78点
経験点:69点
総合点:79点
均衡(きんこう)点:6点

 


■思考語彙 17種 23個 (種類率74%) 69点
 確か, 第,、なぜ,。しかし,。なぜ,いるから,が思う,たから,たので,だろう,と思う,なかなか言える,を考える,出来るから,日本人らしい,聞くと,通じるから,

■知識語彙 54種 91個 (種類率59%) 75点
一番,一緒,上手,主義,予定,今年,以上,共感,分間,動作,友達,名言,基本,場所,場面,大事,天気,実証,意味,意見,感動,成立,所作,授業,文化,方法,日本,日本人,時間,月見,様子,演技,煙火,物事,特有,独特,理由,発表,相手,社交,祖母,祖父,祖父母,総見,自分,花火,行動,言葉,誤解,連続,避難,重要,開催,雪見,

■表現語彙 111種 206個 (種類率54%) 78点
 確か,あたり,うち,かた,こと,これ,それ,っきり,とき,ところ,とり,どこ,まっ黒,みんな,もの,よう,コミュニケーション,タワー,トランプ,フィナーレ,プレー,一,一番,一緒,上,上手,主義,予定,二,人,今年,以上,倍,全て,共感,分間,前,動作,十,友達,名言,基本,場所,場面,夏,大事,天気,好き,妹,実証,家,年,形,思いやり,意味,意見,感動,成立,所作,手,授業,文化,方,方法,日本,日本人,時,時間,月見,有終の美,様子,母,気持ち,演技,煙火,物事,特有,独特,理由,発表,的,目,相手,社交,祖母,祖父,祖父母,祭り,私,空,筒,総見,腰,自分,花,花火,行動,術,言葉,話,誤解,近く,連続,避難,重要,開催,階,雨,雪見,面,頭,

■経験語彙 33種 52個 (種類率63%) 69点
あがる,が思う,くれる,できる,と思う,なかなか言える,めぐまれる,やむ,られる,れる,を考える,上がる,使う,出来る,分かつ,助ける,合う,始める,座る,教える,散る,生きる,生じる,確かめる,経つ,聞く,見える,話す,通じる,遅れる,降る,飾る,驚く,

■総合点 79点

■均衡点 6点
 

日本人の「見る」こと
   中1 すりりんご(akimano)  2025年9月2日

 日本人は月見、雪見…と「見る」ことに重要な意味がある。日本人の社交の基本は見ることで成立する。「自分の目で見て確かめる」、実証主義なのだ。「総見」も演技の所作をみんなで一緒に見るということが意味である。見るという動作が日本文化のコミュニケーション方法なのである。言葉にならない、日本的なコミュニケーションのとりかたは良い。

 第一の理由は、同じ感動を分かち合え、気持ちが通じるからだ。今年、祖父母の家で花火を見た。花火は、近くで開催されている夏祭りのフィナーレを飾るというものだった。煙火筒がある場所は、家からも見えるほどだったから、二階で母と祖父の妹と私で見た。この夏祭りの花火は、二年前に見たことがある。その時は、避難タワーで花火を見た。祖母に一番見える場所はどこか聞くと、避難タワーが良く見える、と教えてくれたのでみんなで見に行ったのだ。避難タワーについて座ったところで雨がざあーと降ってき始めた。これは花火は上がらないな、と思っていたが少し経ったら雨はやみ、花火の時間は遅れたが全ての形を見ることが出来た。今年は、お天気にめぐまれ、まっ黒の空に花が散る様子を見られた。予定時間では、十分間あがることになっていたが、実際はその二倍、に十分間あった。私が思うに、今年の花火はどっきりが多いなあと思った。まず、時間に驚いた。一番驚いたことは、母と私が同じことを考えていたことである。それは、母と私が好きな花火のフィナーレのことだ。花火は、連続であがり有終の美を飾る。そして、私と母が同じことを考えていたことに驚いた。母と花火を見ているうちに、なぜかフィナーレの話になっていた。母とまだか、まだか、と話すことは日本独特のコミュニケーション術だと思う。

 第二の理由は、見ることで、言葉以上の思いやりが出来るからだ。私は、自分の意見・発表がなかなか言えない人である。授業の発表の時などは、腰あたりまで手はあがるが、頭の上まではあがらない。そんな時に助けてくれるのが友達だ。友達は、私の行動を見て、行動してくれる。また、人とは、見ることで共感できる一面がある。それは、同じものを見るときや物事をする時だ。なぜ、そんな場面で共感できるのか。それは、相手も自分も同じく、相手の方を大事にしているからだと思う。

 確かに、言葉ではっきり意見を言う方が誤解が生じにくい。しかし、トランプが生きているのは、それが実際のプレーに使われるときであるという名言があるように、言葉だけではない、日本特有のコミュニケーション術を上手に使い、日本人らしいコミュニケーションをしていったらどうだろうか。日本的なコミュニケーションのとりかたは、良いと思う。