自分で判断し決断し行動する
   中2 あこうあ(akoua)  2025年9月2日

 自分で判断し決断し行動する。簡単なように見えて、実はとても難しい。我々でも、時として判断に困り、大勢の意見に依存してしまうことも少なくない。主体的に判断して、行動したいという欲求を除けば、ともすれば他人や集団に依存して行動してしまいがちになる。いまだ判断力に欠ける子供たちの場合、どうしても他人依存になってしまう。しかし、我々が社会生活を送っていく以上、自分で考え、自分自身で判断しなければならないことは当然のことであり、時には厳しい決断を迫られることも少なくない。自分がどう行動すれば良いのか「指示」されるのをひたすら求め、その「指示」通りにしか行動できない。

 自分で判断し、主体的に行動することは大切だ。周囲の意見に流されてばかりでは何か自分で決めなければならない物事が出てきた時に何も行動ができなくなってしまう。フランスの画家であるクロードモネはそれまで写術主義というありのままの現実をえがく絵が主流であったが、「印象 日の出」という自然の光とその反射を表現した、それまでとは筆使いや色の使い方をした絵を描いた。そこから「印象派」が誕生したのだという。また、私も高校受験での受験校を決める時にもちろん塾の先生のアドバイスも取り入れるが、誰に何と言われようと、最終的に受験で目指す高校を決めるのは自分であって、同じ高校を目指すとしても他の人に「〇〇高校に行け」と言われて目指すよりも自分で「〇〇高校を目指そう」というふうに自分で決めて目指す方がモチベーションが上がる。

 しかし他人の意見を取り入れることも大切だ。赤ちゃんに中学校で習う方程式を教えてもほぼ確実に理解できないだろう。それは、方程式とは足し算、引き算、かけ算、割り算をすることができた上でその応用であるからである。小学校で先生に習ったことを活かして新たな方程式という問題に挑むのだ。先ほどの印象派でも同じようなことがいえ、クロードモネらの「印象派」から派生してできた「新印象派」がある。ゴッホはこの中に入る。これは「印象派」の画家たちが登場しなければ存在しなかっただろうし、「印象派」という絵の描き方を取り入れ進化した物なのだからだ。私は、勉強でわからないことがあったらよく考えそれでもわからなかったら塾の先生か母に聞くことにしている。最初から聞いてしまっては自分で学ぶ意味がないし、ずっと考えていても時間が過ぎていくだけだからである。

 確かに自分の判断で物事を進めていくことも他人の意見を取り入れながらやっていくこともどちらも大切だ。しかし、一番大切なことは「始めることも大切だがあ、やり遂げることの方がもっと大切である、」という名言があるように、一度決めたことを最後までやり遂げる忍耐力を持つことである。そのために私は、他の人にアドバイづを聞きながらも自分で決めた目標が揺るがないように努力していきたい。