日本人のコミュニケーション術

   中1 すりりんご(akimano)  2025年9月4日

 日本人は月見、雪見…と「見る」ことに重要な意味がある。日本人の社交の基本は見ることで成立する。「自分の目で見て確かめる」、実証主義なのだ。「総見」も演技の所作をみんなで一緒に見るということが意味である。見るという動作が日本文化のコミュニケーション方法だ。言葉にならない、日本的なコミュニケーションのとりかたは良い。

 第一の理由は、言葉に頼らないコミュニケーションでは、同じ感動を分かち合い、共感をできるからだ。今年、祖父母の家で花火を見た。花火は、近くで開催されている夏祭りのフィナーレを飾るというものだった。煙火筒がある場所は、家からも見えるほどの近距離だった。二階の部屋で母と叔母と私の3人で見た。この夏祭りの花火は、二年前にも見たことがある。その時は、避難タワーから見た。祖母に一番見える場所はどこかと聞くと、避難タワーが良く見える、と教えてくれたのでみんなで見に行ったのだ。避難タワーの最上階についたところで雨がざあーと降ってきた始めた。これでは花火は上がらないな、と思っていたが少し経ったら雨はやみ、花火の打ち上げ時刻は遅れたが見ることが出来た。今年は、お天気にも恵まれ、まっ黒の空に花が散る様子を見られた。予定時間では、十分間あがることになっていたが、実際はその倍もあがった。私が、今年の花火はどっきりが多いなあと思った。まず、時間に驚いた。一番驚いたことは、母と私が同じことを考えていたことである。それは、母と私が好きな花火のフィナーレのことだ。花火は、連続であがり有終の美を飾る。母と花火を見ているうちに、なぜかフィナーレの話になっていた。母とまだか、まだか、と話すことは日本独特のコミュニケーション術だと思う。

 第二の理由は、見るコミュニケーションで、言葉以上の共感力が育まれるからだ。私は、自分の意見・発表をなかなか人前で話せない。授業中の発表では、腰あたりまで手はあがるが、頭の上まではなかなかあげられない。そんな時に助けてくれるのが友達だ。友達は、私の行動を察知して、強い味方になってくれる。つまり、人は、見ることで共感できる一面もある。それは、同じものを見るときや物事をする時だ。なぜ、そんな場面で共感できるのか。それは、相手も自分も同じく、相手の方を大事にしているからだと思う。

 確かに、言葉ではっきりと意見を言う方が誤解は生じにくい。しかし、トランプが生きているのは、それが実際のプレーに使われるときであるという名言があるように、言葉だけではない、日本特有のコミュニケーション術を上手に使い、日本人らしいコミュニケーションをしていったらどうだろうか。日本的なコミュニケーションのとりかたは、良いと思う。