衰弱したアイデンティティ

   中1 あきあや(akiaya)  2025年9月4日

 衰弱したアイデンティティのぎりぎりの補強、それを個人レベル、感覚レベルで見ればたぶん「清潔願望」になるそういうことすら不可能なとき、ぼくらは自分でないもの、他なるものの感染、あるいはそれとの接触を徹底して回避しようとする。ぼくらは自分の存在をじぶんという閉じられた領域のなかに確認することはできない。そしてそのバリヤー、つまりじぶんの最後の防壁を、過剰に防衛を、過剰しようというのが、異物との接触を徹底して回避しようとするいわゆる清潔シンドロームだったのではないか。私は、否定的な形でアイデンティティを確立するよりも他者との関係からアイデンティティを確立するほうが良いと思う。

 第一に他者との関係の中でアイデンティティを確立すると自分に自信がつくからである。私は、幼稚園の頃からサッカーをしている。サッカーでは、大会があり、その大会に勝つために、練習をしている。私は自分のゴールを守る、ゴールキーパーをしている。その中で、自分はミスをしてしまうことがあると否定的な形でアイデンティティを固めてしまうことが多い。否定的な形で固めてしまうと気持ちが落ちてしまい、気分が上がらなくなってしまう。だがその中で、いいプレイをすると気持ちが上がる。私はなぜ気持ちが上がるのかを考えた。私は、いいプレイをした後のチームメイトに褒められた時にうれしくなる。またうれしくなるだけでなく、ほめてもらうことによって自信がつく。このように、他者との関係でアイデンティティを確立することによって自分に自信がつく。

 第二に他者との関係の中でアイデンティティを確立させようとすると自分が成長できるからである。私は、あまり勉強が好きではない。特に中学生になってから、たくさんの記号や単語が出てくる。そのときに、勉強をし終わって、丸をつけ終わったノートを見ると、丸がおもった以上に少なく、マイナスな思考になってしまうことがあった。だが、そういうときは、学校の先生や、友達などと一緒に勉強や勉強の話をすることによって、お互いが期待し合ってプラスの思考になった。また自分が得意な科目を人に教えることができ、自分にも自信がつく。

 確かに否定的な形でアイデンティティを確立するほうが簡単である。しかし短所をなくす一番良い方法は今ある長所を伸ばすことだ。という名言があるように、他者との関係でアイデンティティを確立させたほうがよいと思う。