噴水は、飲めない水で 清書
小6 いのみも(inomimo)
2025年9月4日
噴水は飲めない水で
噴水は特に何の役にも立たない。 都市住民は、目の前に何の役にも立たないものがあるとそれだけで文化的衝撃を受け、困惑する。だが、それは新たな文化を作り出すためのものだ。そして、日本では水が不足している時、噴水を止める事があるが、それは同じ水が循環しているだけだから、意味がないのだ。飾りをつけたり電気仕掛けの細工をしたりするのも良くない。それも噴水の真に噴水たるものを見えにくくするからだ。噴水はただ水を噴き上げていれば良いのである。
私は一年ほど前、長野県でお土産の小さな置物を買った。それはあまり有効活用できないと思う。部屋に置いといたって場所を取ったりもする。その上、部屋にあっいなかったら部屋の雰囲気がごっちゃになるかもしれない。そうすればまるで使わなくなったいらないおもちゃのようになるかもしれない。だが、だからこそ部屋の雰囲気に合わせてものを買ったり。そのものが部屋に合うように部屋の雰囲気を変える事もできるだろう。そうすれば部屋がよりよく見えたりするだろう。気分が下がっている時に見て気分をあげたり、部屋の雰囲気を変えたりする事ができると思う。これもまた、別の文化なのかも知れない。
他には、音楽が例に挙げられるだろう。音楽はよくお店などでながされている。それは必ずしもなくてはならないものではない。だが、あったらどのようなメリットがあるだろう。私は、雰囲気をよくできると思う。例えば、イタリアンレストランなどの落ち着いた雰囲気のお店では落ち着いた気品のある洋楽が良いだろう。そうすれば落ち着いて食事をとる事ができるし、優雅な時間を過ごせるだろう。食べ物ではないが、逆に遊園地のジェットコースターなどでは、気分が上がるような楽しげのある曲が良いだろう。他にも流行りの曲などを流せば。聞いた事があると気分が上がるだろう。私も、音楽は好きだし、音楽はあったほうがいいと思うし、大事だと思う。
人間にとってこれらの文化は、あるとさらに過ごしやすく、快適になるものだろう。私も勉強をしている時など、無音でもいいが、音楽を流すと気分が上がってやる気も出る。そのため、私はこういったなくても良いものは、あった方が断然いい。文化は大事なものである。