喜びの声を上げるために(清書)
    ()  年月日

 「やった!」

私は、一番になった。とにかく嬉しくて、こらえられない感情を爆発させ、叫んだ。私の学校には様々なクラブがある。その中で所属しているのは吹奏楽クラブで、トランペットをやっている。他にも様々な楽器があり、みんな競争意識を感じながら仲良く練習している。しかし、新入生はどのタイミングで練習に行っていいのかわからず、練習に来れない子も多い。そこで、吹奏楽クラブの先生が、前からやっている策がある。それにより、私もたくさん練習にきて、かなり上達することができた。

 「基礎練習一覧表」。それは、それぞれの楽器で大切な基礎練習がたくさんある表で、かなりの数ある。半年から一年かからないほどで終わるくらいの量だ。私は、同じクラブの子たちと誰が一番早くに終わらせられるかを競争していた。一つの課題を終わらせるには、休み時間などに先生にテストしてもらわなければいけない。そのため、友達と私はほぼすべての長い休み時間に練習をしに行っていた。私が一番時間をかけて練習しなければいけなかったものは、リップスラーというものだ。これは、タンギングをせずに同じ運指で違う音を吹く練習だが、金管楽器にとって難しい練習の一つだ。その時私が挑戦していたのはリップスラーの中でも簡単なものだったが、まだトランペット初心者だった私にとってはとても難しかったのだ。学校だけでの練習では足りないと思い、マウスピースという部分だけ持ち帰って家で練習したりもした。そのようにたくさん練習して、友達の中でも一番進んでいたのが私だった。

「やった!」

いよいよ最後の課題を合格した時。基礎練習一覧表を終わらせたとき。私は今までずっと頑張ってきた努力が報われた気がした。その時、視界に映る色が鮮やかになり、世界が変わった気がした。〈〈例え〉〉すべて終わったのは、去年の9月ごろ。半年弱で終わらせることができた。その一週間後くらいに友達もすべて終わらせることができ、みんなうれしい気持ちでそのあとの練習に励むことができた。〈〈題材〉〉

母は小学生のころに、あることで1位になり後悔したことがあるという。それは、障害物競走だ。いつも徒競走の時に母がゴールするときは次の人たちのテープが張られていたほどありが遅く、その下をくぐっていた母だが、障害物競走では1位になったそうだ。小さくて身軽だからだと思うが、障害物を楽々とよけて1位になったのだろう。しかし、いつもゴールテープをくぐっていたのでその時もテープをくぐってしまったそうだ。だから、母ではなく2位の人がテープを切ってしまって、その時母は呆気にとられながらもとても悔しい思いをしたという。私は、母の場合とは少し違うが、徒競走で3位だったのに4位にされてしまったことがある。確実に私のほうが先にゴールしたのに、私が4位になって、そのあとにゴールした子が3位になったのだ。今では大差ないと思えるが、その時は悔しくてしょうがない思いをした覚えがある。母の話を聞いて、私は1番になっても悔しい思いはすることが分かった。〈〈題材〉〉

たくさん練習して1番になった私。1位になったのにゴールテープを切れなかったお母さん。対照的な「1番」だが、どちらも1番なことには変わりない。私は、「1番」の中にもいろいろな1番があり、良い1番といい思いをしない1番があることが分かった。例えば、潔く戦って一番をつかみ取った徒競走と、いい勝負になっていた人が転んで一番になったときでは違う。このように、私はよい一番を取れるよう、論理的に考え行動したいと思う。例えば、テストの点数で一番になりたいとき、テスト範囲を知り、大事なポイントなどをしっかり抑え、全体の復習もする。私は、喜びの声を上げるために、よく考えて行動したいと思う。

「やった!」

私は、一番になった。とにかく嬉しくて、こらえられない感情を爆発させ、叫んだ。たくさん練習をした成果が、この基礎練習一覧表にある。この表は、私の努力の結晶かもしれない。