何事ぞ花見見る人の長刀

   中1 あえなて(aenate)  2025年9月4日

言葉に頼らない、日本的なコミュニケーションの取り方は良い。

 

 第一の理由としては、歳や性別にかかわらず、同じものを見て同じことを理解しあえるからだ。例えば、アメリカでは、大人はアメリカンフットボールを見るけれど、若者たちにはサッカーや野球が人気なのだ。それに比べて、日本では、基本的に老若男女同じスポーツを見ていることがわかる。日本では、歳や性別に関わらず、同じものを見て、同じことを理解するのだ。そのため日本人は、話を聞くことよりも見る方が面白いと感じる。例えば、社会の授業で、歴史をやっているとすると話だけで説明するよりも動画を見て画像と共に覚える方が日本人は得意なのだ。これからも、聞くだけではなく、理解できるようにしていきたい。

 第二の理由として、コミュニケーションをとることで、優しさが生まれるからだ。母から聞いた話だ。日本のコミュニケーションの取り方は言葉に頼らない分、はっきり言わない。だから、相手に解釈の任せる部分が多々ある。それは分かってもらえるはずだという理解のもとでやっている。小学校では宿題がたくさん出る。だが、中学生は全くと言ってていいほど宿題が出ない。この理由は、小学生はまだ考えて学習できないからだと思う。中学生になると、自分で考えて学習ができるようになるから、先生は宿題をしろとははっきり言わない。自分で考えてやるということが日本はとても多いと思う。これからも、もっと自分で考えて、勉強でもなんでも頑張っていきたい。

 

 確かに、言葉ではっきり自分の意見を言う方が誤解が生じにくい。しかし「トランプが生きているのは、それが実際のプレーに使われているときである」という名言があるように、言葉に頼らない共通理解をもとにした日本的なコミュニケーションの取り方は良いと思う。