視覚系は

   中2 あこうあ(akoua)  2025年9月4日

  形は物の方にあり、形は物の属性だという。もう一つの見方では、形は頭の中にある。目がなかったら、物は見えない。この二つのどちらかが正しいかは、考えても無駄らしい。形については、右の二つの面、、つまり自分と相手とを共に考慮する必要がある。目は大変有効な感覚器だが物の大きさがわからない。大きさを知ると言う単純なことができていないので、人の世ではモノサシを売っているのである。視覚系は、その中に絶対座標を持ち込むようには、進化してこなかった。逆に、我々が「比例」とか「相似」を考えることができるのは、本来、視覚系にそう言う性質が存在するからであろう。

 確かに相対的と言うことは私たちにとって便利だ。私の塾では国語の授業中文章読解のミニテストをしており、そのミニテストの点数が廊下の壁に張り出される。先生が言うには「周りの人たちの点数を見て自分が今どのくらいの実力があるのかを相対的に見てほしい。」と言っていた。また、模試などのテストでよく計算される偏差値は自分のテストの結果と他の人のテストの結果を相対的に評価しているのだそうだ。これらは簡単に自分の実力が今どの程度であるのかを知ることができる。私は、このテストの点数や偏差値を受けて、「あと何点取れば同じクラスの中で上位に行けるのか」、「今の偏差値なら〇〇高校に行ける」というように、今後の学習のモチベーションに繋げている。また、学校のテストでは偏差値が今のところ偏差値は出ないので、「〇〇君には負けない!」と言うように、共に点数を争うライバルの存在も私の勉強のモチベーションを上げる。相手も私に負けたくないと言う気持ちを持って勉強をするので、お互いの勉強のモチベーションが高くなる。

 しかし、人生には絶対的なものが必要な時もある。例えば受験で自分が目指す学校の偏差値が自分の偏差値とは離れていても自分が納得できる志望校を決めることはある。私は、このように自分のレベルよりも高いレベルの目標を立てるとやる気のモチベーションが上がる。テスト勉強であったら、「80点を目指す!」と言うよりも、「120点」を目指すくらいの目標を立てていつも勉強をしている。私の母も、「取りたい点数を目指すよりも、そのさらに上の点数を目指す方が良い点数を取れる。」と言っていた。また、今年の5、6月に行われた私の通う学校の体育祭では、私のチームは最終的にあと一歩のところで二位だった。しかし、負けてしまっても、2年生のクラスごとに順位を争う学年リレーでは本番の直前の練習までずっと二位だったが、本番の体育祭では見事大逆転の一位に輝き、それは私のクラスに切れることのない絆が生まれた瞬間だったと思う。

 確かに相対的なものも、絶対的なものも、どちらも大切だ。しかし、最も大切なことは、「出来上がった規則をなんとか守ろうとするよりも、実態に合わせて規則を変えていくことが、真に規則を生かす道である。」と言う言葉があるように、絶対的なものを一人で決めていくよりも、生きていく中で他人と協調しつつ判断していくことである。だから、私は身の周りの友人などと得点を競い、お互いを高め合いながらも自分自身の高い目標に向けて日々勉強をしていきたいと思う。