文化を軽んじる、即ち国を軽んじる

   高2 わのき(wanoki)  2025年9月4日

 現代でも、日本では欧米が優れていると考えがちであり、日本の伝統的な文化を軽んじる傾向にあるのは問題だ。

 そうなってしまう一つ目の原因は、日本の欧米への過度な憧れである。実際は大それた差ではないのにも関わらず、日本人は欧米の方がすごく優れていると考える傾向にある。歴史的に、そういう風に考えることを植え付けられたとは言え、今この現状を見て判断して生きていれば、その考えを矯正することもできるはずだ。私自身、その欧米崇拝を身近に感じた経験がある。まだ日本に住んでいた頃、私は小学校でカナダから来た子という印象を持たれていた。間違ってはいないし、私はそこまで気にしていなかったのだが、よくクラスメイトたちに、

「カナダに住んでたの?いいな〜。カナダってアメリカでしょ?」

と言われて少し複雑な気持ちになった。まず、カナダがアメリカという部分に納得がいかず、その上羨ましがられるようなことでもないと思っていた。カナダはアメリカの上にあるからアメリカの一部と誤認されることもあるが、今思えば小学一年生に地理の知識を期待するべきではなかったかもしれない。重要なのは、「羨ましがられた」という部分だ。私は、カナダに住んでいたことを羨ましがられるたび、違和感を覚えていた。みんなカナダの方が絶対に優れているかのような言い草であったため、毎回私は内心「別に良い自然があるだけで日本の方が便利だけどなあ。」と思っていた。実際今カナダに住んでいてもずっとそう思っている。どちらも大好きな国だが、利便性で言えば日本は圧倒的だ。このように、盲目に欧米を優れていると思い込むことが基準となっている日本は、その思考を脱するべきである。もっと自分たちの文化に触れて、残していくべきである。

 日本人が日本の伝統文化を軽んじてしまうもう一つの原因は、日本人が自己卑下する風習があるためだ。謙遜するのは日本人の美徳と言えるが、それと同時に自分を下げるような思考を持つのはあまり良いとは言えない。謙遜とは、相手を尊重した結果であり、実際に自分の価値を低くする必要はない。だが日本人の思考回路の多くは、謙遜と同時に必要のない自己卑下をする傾向がある。勝手に自分と他人を比べ、勝手に自分を下に見て、落胆する。私もその癖があるということは否めない。特に最近は、大学用のポートフォリオを作っているということもあり、他の人の作品の制作過程や具合を見て、自分は本当にこれからやっていける実力を持ち合わせているのか、と不安になる。人に褒められることはあるものの、私のように絵に専念した友達はいなかったため、絵を描く人からの自分の絵の評価をあまり聞いたことがなかった。そのため、今になって他人と比べて不安が押し寄せてきたのだ。まさに今、勝手に自分と他人を比べ、勝手に自分を下に見て、落胆している。これは創作の邪魔になるため、私は自己否定している場合ではない、というのが現実である。このように、自己卑下して、自己否定に陥ることは防ぐべきである。

 確かに、周りを上げて尊重することは大切である。しかし、自分の文化を軽んじることは、相手の尊重というより、自分を下げる行為である。文化は優劣ではなく、多様性である。一つのものに固執して、そのものの本質を見落としてしまうのは賢明ではない。だから、現代、日本で日本の伝統文化が軽んじられていることは問題である。私も今後、日本の伝統文化にも、カナダの多様な文化にも触れて、ものの本質を見極められるように、思考を磨いていきたいと思う。外から見た日本の伝統文化というのは、美しい物であり、やはり日本特有の美的感覚を残すため、これらは絶対に未来に残していくべきである。