集産主義と個人主義
中3 あささえ(asasae)
2025年9月4日
鎌倉時代から室町時代にかけて生まれた日本の暑さを凌げる開放的な家の形は、壁に囲まれた家に住む欧米人から見ると珍しくてたまらないという。しかし、この住宅様式は日本人を集団化させ、個人主義から遠ざけてもいる。西洋のようにへやに鍵がなく、家の中で自分一人になれる空間がないからだ。私も日本人は集団主義が強い種族だと感じる。この社会を生きるためには、個人主義と丁度良いバランスを保つことが大切である。
たとえば、日本の学校には制服のある場所が多く、身なりが統一されている。教員からも集団行動の重要さや、集団の中で一人一人がどのように貢献するべきかという話を指導のときに聞くことが多い。一方で、イギリスの学校には、制服はあるが着こなしに関する校則はあまりなく、私服で登校して良い日も多々ある。また、彼らは日本の学校のルールは厳しすぎるという。これらのことから、日本はやはり集団行動を強く意識していることがわかる。
これは歴史からも読み取ることができる。米が伝わった弥生時代には、国内に集落ができはじめた。米を作るには非常に繊細な作業が必要で、一人ではこなせないため、グループを作って協力する必要があったのだ。和食の主食が米であることから、米がいかに過去の日本人にとって重要だったかがわかる。その米を生産するために必要とされたチームワークが、現代でも求められ続けているのではないだろうか。
集団主義を重んじる日本だからこそ成し得た偉業は多い。しかし、「出る杭は打たれる」ということわざがあるくらい、行きすぎた集団主義には、一人一人の違いや多様性を認めづらくしてしまうというデメリットがある。しかし、個人主義には、自分ひとりのことを認め、自己肯定感を高めることができるというメリットがある。二つの考え方をバランスよく持つことが、周りも自分自身も幸せにさせる方法なのではないだろうか。