あなたがたはとくとを読んで
   小5 あかたよ(akatayo)  2025年10月3日

あなたがたはとくとを読んで



あなたがたはとくと考えたことがあるでしょうか、今も日本がすばらしい手仕事の国であることを。しかし手仕事などは時代に取り残されたものだという考えが強まってきている。でも日本の固有な美しさを守るために手仕事の歴史をさらに育てるべきだ。親切にこしらえた品物には、職人がこの世に生きていた意味が宿る。それは名を残すためではなく、品物で勝負しているからだ。



ぼくにも似た話がある。授業の一環で藍染のTシャツを作った時のことだ。やり方は、布にデザインをしてから、藍に浸す。そして空気に触れさせまた藍に浸すという工程を繰り返すことで、好きな色合いに染めることができる。そこでぼくは、数日前からオリジナルデザインを考えた。当日は輪ゴムやビー玉などを使用しながらイメージしていたデザインを制作した。そして何度も布を藍に浸しては空気に触れさせ、藍色を濃くするこに一心不乱に打ち込んだ。我を忘れて無我夢中で取り組んだ。すると幾度も染め重ねたおかげで、深みのある奥深い青色に染まった。輪ゴムやビー玉を丁寧に外していくと、この世に一つだけのオリジナルデザインの出来上がりだ。世界に一つだけの作品を眺めていると、愛着がわいてくる。既製品にはない手作りの良さやストーリーがにじみ出ていて、まるで自分自身を映しているようだと思った。



そこでぼくは、伝統的な手作業の素晴らしさを学んだので既製品について考えてみた。もしも、機械で大量に作られた藍染のTシャツが売っていたら、ぼくはわざわざお金を出して手に入れて着るだろうか、ということを。見た目は綺麗だが、ぼくはきっと、なんの魅力も感じず見向きもしないだろう。やはり、自分でたくさんの時間をかけて、一つ一つの作業を丁寧に親切にしたからこそ、出来上がった作品には、ぬくもりや温かさという愛が吹き込まれ、大切にしたいのだと思う。まるで、スーパーで売られているきれいな出来合いのおかずを買ってくるよりも、少しくらい失敗したお母さんの愛のこもった手料理の方がはるかにおいしく感じるのと似ているようだと思った。現代は機械製品の大量製品がありふれているので、なんでも簡単に手に入るが、有難みを感じることが少なく、あまり大切にされていないような気がする。逆に手仕事で真心がこもった物は、もっているだけでも優しい気持ちになれるし、いつまでも宝物のように、大切に守っていきたいと思った。



日本人は昔から手作業が得意で、手作りには作る人の歴史や魂がこもるということがわかった。餅は餅屋のように、その道の得意な人に任せるとより深い愛情や魂がはいるし、機械作品のように見た目が立派でも、愛情や魂がこめられないものには、本当の価値を見出せないと思う。それはまるで、山高きが故に貴からずのようだ。それらの思いをを大切にすることは物を長く使う事にもつながる。環境にも優しく丁寧な暮らしができることにつながることは、まさに一石二鳥だ。