ぬくもり

   小6 よしたか(yositaka)  2025年11月2日

 現代社会では、オンラインでメッセージを送ることが当たり前になっている。スマートフォンを取り出し、数秒で言葉を打ち込めば、瞬時に相手に思いを伝えることができる。だが、そんな便利な時代にあっても、手書きの手紙や年賀状が今なお多くの人々の心を惹きつけ続けているのはなぜだろう。たとえば、同じ「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」という言葉でも、メールで送られてきたものと、手書きの年賀状に記されたものとでは、受け取る印象がまるで異なる。前者は事務的に感じられることもあるが、後者からは相手のぬくもりや息づかいが伝わってくるようだ。そこには、単なる言葉以上の「思いやり」や「時間の重み」が宿っているように思う。僕自身も手紙が送られてきたとき心が温かくなる。

こうした「心の通い合い」こそ、人間のコミュニケーションの本質なのではないか。近年、メッセージカードの売り上げが上昇している背景にも、そのような感情の価値の再発見がある。デジタル技術の発達によって、僕たちは効率的で即時的なやり取りを手に入れた。しかし同時に、人と人との関係がどこか希薄になり、相手の表情や気持ちを想像する機会が減ってしまったようにも感じる。

実は、僕にも忘れられない手紙の思い出がある。小学校のとき、遠くに引っ越してしまった友だちから、一通の手紙が届いた。そこには、「新しい学校でもがんばってね。また遊ぼう!」と、少し丸文字で丁寧に書かれていた。文字の横には小さな絵も描かれていて、友だちが一生懸命書いてくれたことが伝わってきた。たった一枚の手紙だったけれど、どんなメールよりも僕の心に残った。その手紙はいまでも大切に机の引き出しにしまってある。

だからこそ今、人々は「不便さの中にある豊かさ」を求め始めているのだ。手書きのメッセージは、時間や手間という犠牲を払う代わりに、「あなたのことを想っている」という確かな証を相手に残す。インクのにじみや文字の癖、その一つひとつに書き手の人柄や感情が映し出される。これは、どれほど高性能なデバイスでも再現できない、人間だけが持つ温かみである。

母はかつてこう言っていた。「年賀状を書くのは時間がかかるけれど、その時間こそが相手への思いやりの証なんだよ」と。確かに、僕も年賀状を受け取るたびに、自分のために時間を割いてくれたその気持ちが胸に染み入る。便箋の紙の質感や、ペンの跡の力強さを感じながら読むと、不思議と心が落ち着く。それはまるで、遠く離れた相手の存在を身近に感じる瞬間のようでもある。

便利さを追求する現代社会では、「効率」が何よりも優先される傾向がある。しかし、人間の心は機械のように単純にはできていない。メッセージの速度よりも、その裏にある「想い」の方が、時として何倍も深く相手の心を動かす。SNSのメッセージは確かに便利で即時性があるが、そこに心の温度を感じるのは難しい。一方、手書きの文字には、書き手の感情や個性、そして「人間らしさ」が確かに宿っている。

年賀状や手紙が今もなお使われ続けているのは、まさにその証だろう。

人間にとって本当に大事なのは、便利さではなく、時間と手間を通して伝わる「ぬくもり」なのだ。

だからこそ僕は、これからも手紙という古き良き文化を大切にしていきたいと思う。そこには、言葉では言い尽くせない“人の心”が確かに息づいているのだから。