本当の価値
高3 あかしか(akasika)
2025年11月2日
AT &Tの広告では、商品を宣伝するだけでなく、世の中を理解する方法までも売り込もうとしていた。現代は、品物とサービスの販売と消費で定義づけられた社会であり、人間関係もしばしば金銭のやり取りで規制されることがある。昔は自分の生活に必要なものは自分で作っていたため、消費は禁物であったが、現代は消費が市民権の定義づけに必要なものとして提供されている。人間関係すらも販売や消費の対象となっている社会に問題がある。
第一の原因として、資本主義により、ものの評価の仕方が数値になったことがあげられる。資本主義は、お金をたくさん稼いだ人がすごいという考え方である。現代の日本は資本主義国家であり、いい面も悪い面も全世代に浸透している。私が小学生の頃、新年に親戚の家を訪れ、お年玉をもらっていた。私は従兄弟の中で一番年齢が低い。その中でも父の実家は年齢に合った量のお年玉をくれ、私は認められているようでとても嬉しかった。母の実家に行ったら、父の実家よりも心の距離が近いと感じていたが、数百円しか入っておらず、とてもがっかりしたのを覚えている。この頃の私は資本主義という概念を全く知らなかったが、お年玉をくれる量で嬉しさに差が出てしまっている。本来お年玉は入っている金額が目的ではなく貰いにいくことで親戚と心で繋がれるものであるはずだが、当時の私はいくら入っていたかという数値で判断してしまった。資本主義の悪い面が小さい頃から浸透していたことがよく分かる。
第二の原因は、社会構造の変化により、昔よりも地域の人との関係が希薄化したところが挙げられる。都内にはマンションが多く立ち、核家族で住んでいたり一人で住んでいたりさまざまである。現代は昔と違い、表札を出さない家庭が多くなってきているので近所の人の苗字を知らないことが珍しく無くなった。そこで誰かとの繋がりを求めて人間関係をお金を対価にして提供するサービスが確立してしまうのだろう。例えば、恋人代行サービスというものがある。このサービスではスタッフが彼氏か彼女の役になり、デートを楽しむというものだ。これを本当の恋人とデートに行く予行練習に使うのならまだわかるが、本気で使う人もいるだろう。ただお金を払って得た関係であるため時間が終われば他人に戻ってしまう。虚しくなりまた頼み始め、新しいホストのような存在になってしまうだろう。もっと近所との関わりが増えれば知り合う人が増え、人との関わりを楽しむことができ、サービスに頼らなくてもよくなるのではないか。
確かに、販売や消費に特化した社会は経済的に安定するだろう。また、資本家からしたら暮らしやすい社会だろう。しかし、「価値とは、物自体にあるのではなく、その背景にある」というように、お金で全て解決するのではなく、お金では買えないものに価値を見出せるようになる心の余裕が必要である。私は来年大学生になる。大学で新しい人と関わり、さまざまな人と繋がっていくだろう。そこで人をある数値を基準にして測ったりお金で関係を得たりしないで純粋に人間関係を広げることを楽しんでいきたい。