冬のトマト

   中2 あおらえ(aorae)  2025年11月2日

  フィンランドの保健担当機関が15年間ある調査を実施した。どちらも600人で構成される、検診や調査などを受けてもらうA、何の健康管理も実施されないBとで比較すると、AはBに比べ罹患者数が少なかった。驚いた医師達がさらに調査をすると、治療上の過保護と管理が抵抗力の低下をもたらすという結論だった。これは子供たちの育て方や教育の在り方にも通じる話である。本来、動物の子供と同じで、成長するに従い、本能との相談で行動を決定することを覚えるのだが、そういう場がめっきり減った。一人一人が動物としての感覚を持ち続け、磨きながら成長するために、手や頭を使い、道具を作って使うような遊びをたっぷりと行うことが必要である。

 過保護や管理は良くない。英国で、2007年から2018年の間に、英国に住む65~79歳の人たちのデータを解析し、2023年に発表された研究がある。養老のスタイルを親のケア、親の過保護などで分析し、そうであればあるほど、質の低いとする。すると、最も養老スタイルの質が低いとされた四分位に属する人は、最良の四分位と比べて死亡リスクが約49%高いという結果が出た。さらに、同じ英国のデータから、父親が過保護でありかつ、子供に自立性を与えなかった場合、男性で12%、女性で22%の割合で、80歳未満で死亡するリスクが高くなるという数字が示されており、さらに男性で父母いずれかの片親としか育っていない場合、80歳未満で死亡するリスクが179%増えるという数字も紹介されている。過保護や管理単体での数値でないにしろ、このデータで見れば過保護や管理は悪影響をもたらすことが分かる。

 しかし、子どもなどに対する保護や管理も必要だ。グリム童話には、赤ずきんという話が収録されている。作中、母親は寄り道をせず、道草を食わず、おばあさんの家にまっすぐ向かえと指示するが、赤ずきんがそれを破ったところ、狼に騙されてしまう、という話だ。子どもは基本的に大人と比べ、経験が浅い。そのような存在には、保護的な管理や規則を作ることによって、安全を守るなどその人のためになることができるのだ。私は、携帯電話というものをいまだに持っていない。しかし、だからと言って不自由する場面もそう多くはない。逆に、それがないからこそ、庭で野菜を栽培したり、工作をしたり、部活で頑張るなど、今でなければ難しいようなことをやりやすくなっていると感じる。

 過保護、管理もよくないが、保護や管理は必要だ。単に、間をとって単なる保護や管理が必要である、ということも理に適っているとは思うが、しかし「幼児教育の父」とも呼ばれるフリードリヒ・フレーベルは「子どもは温室ではなく、野原で育つ花である。」といった。旬でない作物を育てる、例えばトマトを冬に育てる、といった場合は温室を使う必要がある。自然の厳しさから保護する必要がある。しかし、子どもという存在は、温室という保護下に置かれるべきでなく、野原のような子供にとって足枷も手枷もない、現実の世界で過ごすべきだ。子ども時代の目標の一つとして、成長ということがあげられる。安全な殻の中に閉じこもっているのではなく、外にある広い世界での体験によって、子どもは成長することができるのである。