自己満足は成長を止める

   高1 ヨーヨ(waoho)  2025年11月2日

 教師として生徒を導く立場にあると、知らず知らずのうちに自己反省をおこたり、人間としての成長が止まる危険性がある。現代の僧侶も同様に、安住することで自らを見つめる力を失いがちである。人を導く者は、常に自分のあり方を省みる姿勢を持たなければならない。人として成長するには、絶えず現在の自分の生き方を恥じることが大切だ。

 そのための方法として第一に、自己満足しないことだ。そもそも、人は自分の行動や成果に満足してしまうと、そこで思考が停止し、さらなる成長の機会を逃してしまうことがある。確かに、努力の末に一定の成果を得られた瞬間は嬉しく、達成感を味わうことは自然なことである。しかし、そこで立ち止まってしまうと、その余韻に浸る間に新たな課題や挑戦への意欲が薄れ、結果として次のステップに進むまでに時間がかかってしまう。たとえば、僕はサッカーの試合で練習していたパスが上手く回り、シュートが入ったときすごく嬉しく舞い上がっていた。その時は自分の努力が報われたと感じ、達成感で満たされていた。しかし、その喜びに浸っているうちに次のプレーに集中できず、逆転されてしまった経験がある。この体験を通して、自己満足は成長の妨げになり得ることを痛感した。したがって、成果を喜ぶことは必要だが、それに甘んじず常に「次はどうすべきか」を考え、行動することが重要である。自己満足を排し、現状に満足しない姿勢を持つことこそ、人としての成長を促すのである。

 第二に、井の中の蛙にならないよう、外部との交流を進める仕組みを作るべきである。なぜなら、限られた環境だけで学びや経験を積んでいると、自分の視野が狭まり、成長の機会を自ら閉ざしてしまう危険があるからである。確かに、身近な環境での努力や経験は大切であり、基本的な能力を磨くためには不可欠である。しかし、外部の知識や価値観に触れなければ、新しい発想や考え方を吸収することは難しい。たとえば、江戸時代末期の学者である福澤諭吉は、国内にとどまらずオランダやアメリカの書物や文化に触れることで、広い視野を得て日本の近代化に大きく貢献した。もし彼が閉鎖的な環境に留まっていたならば、現状に満足し、自己の学問を深めるだけで終わっていたかもしれない。この歴史的事例からもわかるように、外部との交流は自らの視野を広げ、新しい可能性を発見するうえで欠かせない。また、現代でも、異なる分野の人との意見交換や、国際的なネットワークへの参加は、自分の固定観念を打ち破り、成長の加速につながる。したがって、井の中の蛙状態にならないためには、積極的に外部と接触する仕組みや環境を整え、自らを刺激することが重要なのではないか。

確かに、自己満足せず、外部との交流を重視することは簡単ではない。しかし、「自己満足は休息に過ぎず、挑戦は成長の真の証である。」というように自分を過信せず、常に改善点を見つけ、異なる視点を取り入れる姿勢こそが、人としての成長を支える。結局のところ、現状に満足せず挑戦を続け、閉じた世界にとどまらず広い世界と関わることこそ、私たちに本当の成長をもたらすのである。