もう三〇年も前の(感)

   中3 あきえよ(akieyo)  2025年11月2日

  一九六〇年代の日本の工業製品は、まだ性能的にも機能的にもかなりお粗末で、欧米に対抗できるのは価格だけといわれていた時代である。それが、今では「メイド・イン・ジャパン」といえば、性能の良さ、信頼性の高さの代名詞にさえなっている。この驚異的なキャッチアップの速さを可能にした秘密は、最新技術を受け入れ、消化するだけの素地=潜在能力が、既に日本にあったということである。私は、この文章を読んで模倣にコンプレックスを持つことなく、むしろ模倣できる能力に自信をもって生きていきたいと感じた。

 そのための方法としては第一に、良い手本を探すことだ。そうすることで、よりいっそう模倣をする能力が上がっていくであろう。効率が重視される今では、早めに上達することが良いのかもしれない。私は、好きなアニメのイラストを模写することが好きである。しかし、そんな私に目を疑うようなコメントが飛び込んできた。それは「模写は、他人のイラストをただ写しているだけだからやる意味がない」というものであった。私はこのコメントにとても苛立ちを感じた。なぜなら、模写をすることで沢山の手法やテクニックが学べるので、模写をすることが意味ないことだとは一ミリも思っていなかったからだ。だからこそ、いい手本を探しながら地道にコツコツ絵を描く技法を身に着けていきたいと思った。模写をすることでこれほどにうまくなれる、というところを実感させてあげたい。また、いい手本を探すことは同時に、自分がどれほど技術が身についているかを試すテストになる。そして、その手本を期間を開けて何度も模倣してみることで、その期間の間で自分の上達度がどのくらい上がっているのかが一目でわかり、嬉しさを感じることができる。だから、いい手本を見つけることは、自分の向上心を強めるためにも大事であるといえる。

また第二の方法としては、学校教育などで、模倣の大切さを教えていくべきだ。まず誰かを真似することから始めることは、多くのことにチャレンジするきっかけになるし、色々な手法や技術を効率的に学ぶことが出来るようになると思う。私も、去年美術の授業で、彫刻を学んだ時に模倣の大切さに気付いた経験をした。私は元々、自分でも認めるほど不器用であるため、彫刻を授業でやると聞いた時には、まず「やりたくない」という気持ちが浮かんできた。しかしそう思ったのもつかの間、先生が「まずは真似てみることから始めましょう」と言って、有名な人が作った彫刻の画像を挙げながらかまぼこ彫りや薬研彫りの彫り方を教えてくれた。最初はてこずったものの、彫刻をすることに新鮮さを感じて、意外と早く彫り方の種類を覚えることが出来た。また「百聞は一見にしかず」という言葉のように、実際に見ながら真似てみることで、意外に楽しさを発見することができる。まさに私はこの言葉の通りの経験をしたと感じた。

 確かに、模倣をするだけでは何も進歩しない。しっかりと学ぼうとする意欲が大切である。また「経験は、最良の教師である」という言葉もあるように、数多くのことを模倣しながら経験していくことで、それぞれの楽しさを感じられるし、人生がとても豊かなものになっていくと強く感じる。だからこれからは私も、模倣する能力を着実に強固なものにしていきながら、「自分は絶対にできない」などという壁を勝手に作らないで、何事にもまずチャレンジしていく精神を忘れないようにしたいと思った。直近では、プールの習い事で来月からバタフライの泳ぎ方を学ぶ。しかし、運動音痴な私からとってみれば、泳ぎ方以前に、両手を同時に回して水面を進んでいくことはほぼ不可能であると言い切っても良い。しかし、今回模倣する重要性を学び、水泳選手のバタフライの泳ぎ方を動画を見てイメージトレーニングしたりするなどすることで、少しずつでも「バタフライを泳げるようになる」という目標に近づけるのだと気づくことができた。これは、自分の中で大きな発見である。そのため今後は、このような方法を駆使しながら、水泳を頑張っていきたいと思う。