「西ドイツでは」清書
高2 あおつゆ(aotuyu)
2025年11月4日
西ドイツでは、地下鉄・市電・バスを一枚の切符で安く乗り継げ、老人や学生には半額・無料パスがあるなど、交通費の負担が少なく、人々は自由に移動できる。そのため生活の安定と平等が保たれている。さらに深夜でも公共交通が運行し、救急医療体制も整っており、市民の安心を支えている。労働時間も日本より短く、家庭や地域社会、政治に関わる時間を持てるよう労働者が運動している。こうした仕組みが、人々のゆとりある暮らしを実現しているのに対し、日本では交通費の高さや長時間労働が生活を圧迫している。そして、私が考えるに、家庭生活や地域社会よりも労働時間を優先する日本の社会に根本的な問題が潜んでいるのではないのだろうかと想像した。
そして、まず、私が思う家庭生活や地域社会よりも労働時間を優先する日本の社会の第一の原因としては、企業が仕事優先の価値観を社員に強制しているからだ。とくに日本では、長時間働くことが「美徳」「努力の証」とされ、定時で帰宅することに罪悪感を覚える雰囲気すらある。こうした同調圧力は、労働者が家庭や地域に費やすべき時間を奪い、結果として生活のゆとりを細らせている。加えて、企業は成果よりも勤務時間そのものを重視する傾向が強く、生産性向上よりも「とにかく会社にいること」が評価される仕組みが残っている。そのため、個人が自分の時間を主体的に管理する余地は少なく、私生活と仕事のバランスが取りにくい。
第二の原因として、国の社会保障や労働政策が市民の生活よりも企業活動を優先してきた点も挙げられる。たとえば、欧州諸国が法制度によって労働時間の上限や休日の取得を厳格に保障しているのに対し、日本では企業側の裁量が大きく、制度があっても実際には十分に守られていないことが多い。その結果、労働者は制度に守られているという実感を得られず、過剰な働き方を是正できないままでいる。
さらに、日本社会には「家庭や地域のことは個人の努力で何とかすべきだ」という自己責任の意識が根強い。公的サービスは最低限にとどまり、子育てや介護などの負担は家族に集中するため、労働時間を削る余裕は生まれにくい。家庭や地域に向き合うことが社会全体の利益につながるという認識が共有されていないことも、問題を長引かせている。
以上のように、日本では企業文化・政策・社会意識が相互に影響し合い、労働を過度に優先する構造をつくっている。その一方で、西欧のように移動や生活を公的に支え、市民が自由な時間をもてる仕組みが整っていれば、人々は仕事に縛られず、自分の生活や地域社会により深く関わることができるはずである。したがって、日本が豊かな社会を実現するためには、労働中心の価値観を見直し、生活を支える公共の仕組みを強化することが不可欠であると考える。