音楽といえば(感)

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「一瞬の閃き」による理解。それは、読書についても、もとより例外ではあり得ない。が、生まれついての天才は別として、この閃きを体験するためには、やはり相応の試行錯誤の歳月が要る。試行錯誤をくりかえすことをいとわず、疑ってかかる姿勢を失わずにいるかぎり、そういう瞬間はいつかやってくるということは十分に期待できる。もちろん、人によってその瞬間を感じることの強弱遅速はあるだろうが、それは仕方がない。人間の感受性というのはもとと不平等にできているのである。かつてやみくもに読み散らしてはくりかえした試行錯誤、これが思いがけず役に立つのである。物事の全体像がつかめるようになるまでには時間がかかる。それまでの蓄積を大切にするべきだ。そのための方法は二つある。

そのためには、第一の方法として、何かに取り組んだら難しくてもすぐに投げ出さずにしばらく我慢して続けてみることだ。誰でも初めて挑戦することが自分が想像していた通りにうまくいかないことが多い。また、自分ができないはずがないと思い始めて少しずつ慌て始め、すぐに投げ出してしまうことがある。そこでしばらく我慢して、挑戦し続けることが大切だ。挑戦し続けることで自分の弱点が徐々に見えてきて改善することができるからだ。例えば、新しい歌を歌いたいとしよう。始めは音程や音の強弱があまり取れていないとしよう。そこで、毎回自分が歌っている動画を録画して自分のどこが好ましくないのかを見つける。そしてある日自分が思い描いていたように歌うことができるようになる。



第二の方法としては、即効性を求める現代のあわただしい社会の風潮を改めることだ。つまり、常に忙しく時間に追われている日々を送っているので、すぐ結果が出るもの”を求める風潮が強くなっている。日本の歴史を見ると、昔からの技能の伝承は、「床磨き3年、うさぎ跳び5年」という名言があるように、長い時間をかけて技を盗むという教えられ方をされてきたことがわかる。短い期間で学んだり習得したものはとても効率が良いが、付け焼き刃の知識や技でもあるので、その分すぐに忘れてしまうことがある。反対に、長い年月をかけて習得したものは色々な苦労や失敗を経て手に入れたものだから、そう簡単に忘れたりはしないだろう。



確かに、できるだけ短い時間で全体の理解まで進める工夫は必要だ。もしかしたらこれは現代の社会で一番求められていることの一つなのかもしれない。しかし、私たちは、物事の理解にはある程度の時間が必要だということをもっと自覚して取り組むべきではないだろうか。閃きは天から突然やってくるものではなく、地道な努力によって自分の中から生み出すものであるから、それまで積み重ねきたものを大切にするべきだ。