人生を楽しく生きるには

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  動物にとって肉食獣に追われて逃げ切るか喰われるかは一つのゲームである。動物はみな捕食者であると同時に獲物であり、絶対の優位に立って食うだけという動物はいない。だから、動物は常に生と死を受け止めながら生きているのだ。

人間も動物のように、生と死を意識することが大切だと思う。その理由は二つある。一つ目は時間があると思うと人間は時間を無駄にしてしまうからだ。人間はいつ死ぬかわからないが普段私たちは次の日にやればいい、一週間後にやればいいとやることを先延ばしにしてしまう。そうすると、いつの間にか、時間だけが過ぎて結局何もできていない、そんなことがたくさんあると思う。最近の私がまさにその状態だ。先月期末テストが行われた。私は勉強を一気にやるのが苦手だ。だから、テストの四週間前、一か月前から勉強をしようと思っていた。しかし、まだ大丈夫時間はある。そう思っていたため気づいたらテスト二週間前になっていた。焦って勉強をし始めたがなかなか勉強がはかどらずうろ覚えのままテストに挑むことになってしまった。案の定テストの点数は一学期から大幅に下がってしまった。私の経験は死ぬ前にやっておけばよかったなどというような壮大な話ではない。しかし、日ごろから生と死を意識することで余分な時間を使うことが減ると思う。

 第二に食べ物を大切にしようとする気持ちがでてくると思うからだ。日本の食品ロスの量は約四六四万トンで国民一人あたり年間約三十七キログラムと極めて多いことがわかる。なぜこんなにも日本人の食料廃棄量が多いのか。それは、食べ物のありがたさに気付いているようで気づいていないからだと思う。肉や魚は動物の命を犠牲にして食べさせてもらっているのだ。肉や魚だけでない、野菜も人間のために犠牲になってくれているのだ。だから、いただきます、ごちそうさまといった言葉があるのだ。私たちは本当にそのことを考えて言っているのだろうか。形だけで済ませているのではないかと思う。私もこの文章を読むまで特に何の感情もなくいただきます、ごちそうさまと言っていた。この言葉は動植物に対する感謝の言葉だ。だから、その気持ちを言葉だけでなく、心でも感じながら使うべきだと思う。

 確かに、生と死を意識して毎日おびえて過ごすのは良くないことだ。しかし、時間の有限性という言葉があるように私たちにはそれぞれの限りある時間がある。その中で、どれだけ楽しめるかは日々をどれだけ大切にするかで変わってくると思う。常に生と死と隣り合わせだということを忘れずに生活していくことが大切だと思う。