おいしかったことまずかったこと
小5 あかたよ(akatayo)
2025年12月1日
おいしかったこと、まずかったこと
「おいしい!」
ぼくは笑顔で言った。3年生の夏休みに家族と共に長野県の奥深い山へキャンプに行った。その時に食べたカレーは、僕にとって今までで一番おいしかった食べ物だ。ぼくはこれまでに、おいしかったと思う食べものはお寿司や焼き肉で、逆にまずかった食べ物はホウレン草やレタスなどの葉物野菜だ。
今まで僕が食べた料理の中で、世界一おいしかったのは、そのキャンプで作ったカレーだ。ぼくは料理の全工程に挑んだ。ガスコンロではなく原始的な弓切り式で一から火を起こした。想像を絶する重労働で、手のひらに水ぶくれが出来そうになりながら挑んだ。小さな火種が生まれた瞬間にぼくはガッツポーズをした。その時の感動は、今でも忘れられない。火種を慎重に焚火へ成長させてアルミの飯盒でご飯を炊き、ダッチオーブンでカレーを煮込んだ。じっくりと火にかけて煮込んたので、自分で切り刻んだ野菜の甘みと肉のうまみがルウに溶け出し、鼻をくすぐるにおいが漂ってきた時、ぼくは達成感に包まれて最高の気分だった。出来上がったカレーを一口食べてみると、口の中がとろけそうになって「世界一おいしいカレー!努力した甲斐があった!」と僕は涙が出そうなほど嬉しくなった。汗だくになって火おこしをして、立ち上る煙と格闘しながら、自分の手で調理したからこそ、単なるカレーの美味しさを超えて宇宙一美味しかったカレーになったに違いないと確信した。逆にまずかった食べ物は、そのキャンプで食べた焼魚だ。清流でつかみ取りしたばかりの新鮮な魚を直ぐにさばいて炭火でカリッと焼いた。魚は香ばしくて美味しそうだったので期待を込めてかぶりついた。その瞬間、口の中に強烈な生臭さと苦味が広がり、ぼくは吐き出してしまった。新鮮な魚にもかかわらず、最後まで食べきることが出来ず、頂いた大切な命を悲しみ悔しがっていたら、「まだ子供だから苦味がきつすぎたかもしれない」とお父さんが慰めてくれた。苦味は、どうやら自己防衛の本能らしく、繰り返して食べていくと次第に「これは安全だ」と学習するらしいので、大人になると自然と食べられるそうだ。ぼくは大人になって焼き魚や苦味のある野菜を食べれる日が来るのが待ち遠しい。
お母さんの美味しかったことを聞いてみた。南国タイで食べていたタイ料理だそうだ。タイ料理の中で特にパクチーが大好物だそうだ。時々家でパクチーを食べながら、「この香りを嗅ぐと、まるでタイにいるようで、体が元気になる」と大好きなタイの思い出話をしている。お母さんにとっては熱狂的なタイ料理でも、ぼくもお父さんもパクチーの香りもタイ料理も苦手だ。パクチーに含まれるアルデヒド類という成分が、人によってはカメムシや石鹸のような匂いに感じるらしい。においの感じ方は遺伝子によって大きく左右されるらしいので、お母さんがおいしいと感じても、僕が苦手と感じるのは、もしかしたらお父さんの遺伝子を多くもらっているのかもしれないので、ぼくが大人になっても苦手なのかもしれないなと少し残念に感じた。
キャンプでのカレーと焼き魚、お母さんのパクチーからぼくは、まさに、「蓼食う虫も好き好き」とはこのことだと思った。お母さんにとっては美味しいご馳走でも、僕にとっては苦手となることもある。食の好みは人それぞれ指紋のようで、みんなが同じように感じるわけではないことが分かった。また、おいしかったことやまずかったこととは、キャンプやタイなどの経験と食べることが一緒に記憶に残ることが分かったので、これからも、大好きな家族とたくさんのところへ出かけて色々な物を食べながら、心に残る思い出を作りたいと思った。これからもたくさんの「おいしい!」に出会いたい。