特許制度とは

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 特許制度とは、技術の「公開」と引き換えに独占権を付与することで、発明の循環を促進する仕組みである。この制度は、社会全体の技術水準を底上げするという点で、近代以降の科学技術発展に大きく寄与してきたといえる。しかし、日本の歴史を振り返れば、江戸時代の「新規御法度」が示すように、新しい価値を生む行為そのものが抑圧されてきた時期が長い。こうした風土は完全には消滅しておらず、現代日本でも「挑戦よりも安全を優先する社会意識」が技術革新の速度を鈍化させていると考えられる。したがって、特許制度が本来果たすべき役割を改めて捉え直す必要がある。

 その原因は第一に、日本社会に根強く残る横並び意識にほかならない。この意識は、江戸時代の「新しいものを避ける文化」の名残として位置づけられる。現代社会でも、私たちは多数派に同調する傾向を免れず、意見表明の場においても周囲の判断を確認してから発言するという行動が一般化している。実際、私自身もクラスで意見を求められたとき、直感的には「こう言いたい」と思っても、周囲が静かにしていると発言をためらってしまうことがある。このような同調傾向は、一見すると対立を避けるという点で合理的にみえるが、革新的な発想の芽を摘んでしまう可能性を示唆している。発明者の側からすれば、社会が変化に慎重であるほど、新しい技術を公開することに心理的抵抗が生じるのは当然である。

 第二に、日本の社会が、依然として海外との直接的な競争にさらされていない産業構造を有している点が挙げられる。鎖国体制のもとで外部との交流が制限されていた江戸時代は、技術が偶発的に発生しても広範な発展へと結びつきにくい構造を抱えていたといえる。この状況は、生物進化の事例と重ねて考えることができる。たとえば、オーストラリアが大陸から隔離されて独自の進化を遂げ、有袋類が主流となったように、外部環境との接触が限られた生態系では進化の速度が著しく遅くなる。この比喩は、日本の産業構造の現状にも当てはまる。国内市場だけで成立する環境では、外部競争による刺激が生まれず、技術革新が持つ本来の推進力が弱まりやすいのである。

 確かに、特許制度には、新規参入者にとって参入障壁となり、既存企業の独占を強化するという負の側面が存在するという指摘も妥当である。しかし、その一面だけに着目するのは適切とはいえない。特許とは本来、技術を囲い込むための特権ではなく、社会全体に知識を循環させるための「公開のインセンティブ」にほかならない。特許とは、発明を閉ざす鎖ではなく、未来の発明を誘発するための触媒である。私たちが横並び意識を乗り越え、外部との接触を恐れず、新しい価値を表明する姿勢を社会全体で共有できたとき、ようやく日本は、「公開が次の発明を生む社会」へと転換できるのだといえる。