安全と停滞は紙一重

   高2 うた(aimee)  2025年12月4日

  特許制度は一言で表すと、発明者に「発明の公開」を条件に「独占権」を与える仕組みである。「独占権」によって、開発者は発明によってもたらされる利益を損することなく享受することができる。また、社会において、重複した研究を避けることができる。そして、自分の発明が保障されるとなれば、研究者たちは火がつくだろう。社会の成長の重要な役割を担っている特許であるが、日本にもたらされたのは十九世紀になってからであった。現在、特許の出願率は上がっており、世界市場にも進出している日本であるが、特許の活用度はいまいちである。日本において、技術力は高いのにも関わらず、変化を避ける社会風潮のせいで、成長につながらないのは問題だ。

 一つ目の原因として、日本人に古くから根付く「和を乱さない」という文化的背景が挙げられる。江戸時代の村社会では、目立つ行動は対立を生みやすく、周囲と足並みをそろえることが重視されてきた。その価値観は現代にも残っているように感じる。例えば、新しいやり方を提案すると「今まで通りでいい」と言われる場面を学校や家庭内でも見かける。実際、私の友達も「出過ぎると損をする」とよく言うが、それは無意識の偏見かもしれない。また、日本文化の面から考えると、茶道では型を守ることが美徳とされ、急激な変化よりも継承が重んじられているのがわかる。この考え方自体は大切だが、特許のように新しさを武器にする分野では、変化をためらう姿勢が成長の妨げになることもある。

 

 二つ目の原因として、日本の企業や組織の構造そのものが変化を進めにくい点がある。年功序列や前例主義が強く、新しい挑戦よりも失敗しないことが評価されやすい。まるで「出る杭は打たれる」どころか、「出そうな杭は先に削る」状態なのである。会議では慎重な意見が並び、斬新なアイデアは「前例がない」という一言で止められてしまうだろう。ちなみに私の学校はまさにこのようである。生徒会に文化祭で部活の出し物をしたい、と申し出たところ、「善処します」と言われた後、なにも返事が来なかった。理由を尋ねたところ、「運動部の出し物は今までやったことがないので、難しいです」と返っていた。誰かが一度始めない限り、「やったことがない」状況は改善されないというのに。せっかくの特許も実際に運用されることはなく、宝の持ち腐れである。変化を恐れる体質が、技術の活用を遅らせているのだ。

 

 確かに、高度な技術が守られることで社会は安定する。例えば自然科学の分野では、何かを実際に導入する際、安全性が確認されるまで慎重な検証が必要であり、急ぎすぎると事故につながる。しかし、安定と停滞は紙一重である。慎重になりすぎて導入が滞ってしまうのは誠にもったいない。特許も同様で、守るだけでなく積極的に活用してこそ価値を持つ。日本が持つ高い技術力を未来につなげるためには、変化を恐れず、一歩踏み出す勇気が必要なのではないだろうか。