一人一人の話が
中2 つばさ(aeoni)
2025年12月4日
ただたぶんその共通体験は、ほとんど無意識のうちに、直感的になされるものだから、必ずしも彼ら自身が認識しているとは限らない。しかし、その表面的な違いにとらわれず、その話の奥に秘めたものを注意深く探ってみると、そこに共通体験が見えてくるのだ。そして、宇宙に一人取り残されると自分はまるで生まれたままの素裸で、たった一人でこの宇宙の闇の中に漂っている、そんな気がしたそうだ。そして、この体験は「私」という個体意識が、「我々」という地球意識への脱皮は、今この地球に住むすべての人々に求められている。
確かに、全体の利益を考えることは大切だ。バドミントンでも全体の利益を考えることが大切なときがある。それは、団体戦だ。五人の選手とその線審の選手で八人の選手同士で学校やチームごとに対戦する。そこではダブルスが二組とシングルスが一組の合計三組同士で試合をする。そこでは三組中どちらかの二組が勝てば勝ちになる。そこでは個人戦では勝っても負けても責任は自分だけで済むが、団体戦となると全体のことを考えることになる。もし自分が負けてしまったら、相手に勝ちのチャンスをあげてしまうことになる。そこでは個人戦と違った緊張感が生まれる。私もその緊張を悔しい方で実感した。普通に戦って勝てる相手だと思って油断して、一組を一年生にしてあとを二年の私たちのダブルスでオーダーを出したら、二対一で負けてしまった。しかも、そこでお互いどちらかが勝てばどちらかの勝利が決まるため視線にも期待がこもっていた。なのに、負けてしまってとても悔しかった。結果的にその三部リーグの大会では一位になることができたが満足がいかなかった。その悔しい体験があるため、私は相手がどんな相手でも油断しないように、気持ちから負けないようにしていきたい。
しかし、自分の利益を考えることも大切だ。同じようにバドミントンの個人戦ではこの考え方が大事になると思う。個人戦は、シングルとダブルスにわかれている。が、ダブルスは一心同体ということにしておく。そして、その個人戦は自分が勝っても負けても自分のせいであり、自分の努力のおかげなのだ。だから、自分が勝てるように自分のために練習している。シングルスでは自分が負けたことの悔しさは少し少ないが、ダブルスだとペアの子を気にしてしまう。それに、プレイ中も自分が得をすることだけを考える。相手を右側に動かしたら今度は左側というふうに動かしていく。わらしべ長者も似たものだと思う。主人公は自分が得をするためにどんどんと物を交換していき、最後にはお金持ちになる。これはバドミントンでもそうだ。自分のためにどれだけ努力したかで結果が変わる。私ももっと自分が勝つために練習していきたい。
全体の利益を考えることも、自分の利益を考えることも大切だ。だが、一番大切なのは自分の利益のことを考えて、さらに全体の利益をも考え、それが結果的には社会のためになることだ。「One for all, all for one.」という言葉もあるように、一人は全体を考えて動き、みんなは一人ひとりを考えて動くことが大切だ。学校行事の体育祭などがそうだと思う。例えばリレーだろう。一人はみんなの勝利のために走り、みんなは一人が喜ぶ勝利のためにバトンをつなぐ。そうすることで一体感が生まれて、結果的にクラスの中も深まるということだ。うちのクラスも予行練習よりもうまくいき一位を取ることができた。だから、私は自分のことを考えそこから全体にどんな影響があるか考えてから行動してみんなの為にもなり、自分のためにもなることをしていきたい。