行列

   中1 あきたい(akitai)  2025年12月4日

 今日の都市生活に欠かせない行列という社会現象がある。行列をつくって順番を待つという習慣は、たとえば士農工商の身分制社会ではかんがえられないように、元来が西欧の近代社会に特有な行動様式なのである。民主主義には一定の均質性が必要だが、行列を見ていると、工業化社会が近代民主主義の母胎であることがよくわかる。僕は行列があることに賛成だ。

 第一の理由はルールがあることで物事がうまくいくからだ。学校などではみんなが同じ校則でそれを守っているから校則を破りたいと思わないのだと思う。みんなが自分と違う校則があるとそれはそれで不公平だと感じこともあると思う。しかしみんなが同じルールの中で生活しているので学校はスムーズに校則というルールが通るのだと思う。学校の集会があると帰りはいつも3年生から退場する僕の学校では9組まであるので3年9組から退場するのだが1年生の前半クラスだととても長い間待つことになる。その間は黙想で目を開けることも許されないのだ。僕はこれはおかしいと思う。たまには1年1組から退場しても良いと思う。そう思っている一年生は多くいる。僕もあまりにも長いとイライラする。このように不公平だとスムーズに物事に進むことができないので僕は行列に賛成だ。

 第2の理由は、みんな同じの方が安心するからだ。民主制だとルール同じなので学校だと服や持ち物も同じだ。なので自分もみんなと同じだと安心するのだ。「Aschの同調実験によると周囲が一致しているという社会的証明が、人の判断や行動に強く影響を与える つまり「みんなと同じ=安心/安全/正しい」のように感じやすくなる心理」だというデータがある。このように人間はみんなと同じだと安心するデータがあるので僕はみんなと同じルールだと安心すると言う人間の心理としても民主制は良いと思う。

 確かに個人の事情を考慮するべき案件もある。確かに救急病院などだとそのようなことも目的によって変わってくるが「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。」と言う福沢諭吉の名言があるようにみんな平等で行列待ちをして順番待つことが大切なことだと思う。