ぶれない自分

   中3 あおやの(aoyano)  2025年12月4日

 僕はほかの人を基準にするのではなく、自分自身を基準とするような生き方をしたい。

そのためには第一に、自分ことは自分で決めることである。僕は陸上を習っていて、陸上競技には競技用スパイクが必須だ。スパイクには針のようなピンが靴の裏についている。そしてピンがゴムトラックに刺さることでうまく地面を捉えて走ることができるのだ。また短距離ではシューズのときよりスパイクを履いているときのほうが一秒近く、長距離では分単位でタイムが変わることもある。それほど陸上においてスパイクは重要な存在なのである。僕がちょうど中学に入学したころ、陸上クラブ内でアディダスやナイキなどの海外のメーカーのスパイクが流行っていた。僕も今まではアシックスやミズノなどの国内メーカーのスパイクを使っていたが、流行に乗ってナイキのスパイクを履いてみることにした。しかし、海外のスパイクは外国人向けに作られているため、僕には足形が合わなかった。結局一年間そのスパイクを使い続けた結果、100mのタイムは中学一年生の間には0.4秒しか縮まらなかった。そこで僕は前までずっとはいていたアシックスのスパイクに戻すことにした。すると中学二年生の間に100mのタイムは0.9秒も速くすることができたのだ。もちろんタイムが速くなった理由のすべてがスパイクを変えたからというわけではない。しかし、アシックスに変えてから格段に足の感覚や走りやすさがよくなった。このことから、周囲の流行に流されるのではなく、自分に合ったものを貫き通す大切さを学ぶことができた。

第二の方法としては歴史上の偉人から、自分自身を基準とする生き方を学ぶことだ。およそ1400前、聖徳太子が中国の皇帝に向けての手紙を書いた。その内容の一部の「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。つつがなきや。」という部分がある。当時の中国は和とは比べ物にならないほど発展した超大国であり、この文章は和と中国を対等な関係とするような挑発的な文面になっている。多少は中国皇帝からの反感を買ってしまったようだが、聖徳太子の強い主張によってのちに超大国だった中国に和という国の存在を認めさせることができたのである。相手が誰であろうと自分を主張することは、他人に自分を認めさせるための一番の近道なのである。

確かに、周りと自分を比較して見ることも大切だ。しかし「自分が考えるとおりに行けなければならない。そうでないと、ついには自分が生きたとおりに考えるようになってしまう」というように、自分の中で動くことのない心の芯のようなものが僕たちには必要なのである。