方言で「つるべ」

   中1 ほたか(hohotaka)  2025年12月4日

 方言で「 つるべ」のことを つぶれ、茶釜のことをちゃまが、 巣ごもりをつもごり というところがある。このような現象は幼児の言語に見られるものでおそらく 起こりは幼児時代の言語に始まったものであろう。 週刊朝日に電車の 釣り 川 は現在皮ではなくてビニールを使っているから これを つり皮 と称するのは不当で釣り ビニールと言うべきであろう 枕木は近年は木ではなくて コンクリートを材料としているから 枕 コンクリートと言うべきではないかという考えが掲載されていた。 こういう心理 から在来語を捨てて 外来語を使ったり 新しい言葉 を作って使ったりすることも事実である。私は、実態に併せて言葉を変えていくべきではないと思う。

 その一つ目の理由は、頻繁に言葉を変えると混乱が起こるからだ。最近の若者は「やばい」や「ワンチャン」などの言葉を使う。しかし意味がアバウトで、おいしくても「やばい」、美しくても「やばい」、本当にピンチなときも「やばい」。なんでも「やばい」と表現してしまう。私も実際、言葉に困ったら「やばい」を使い、母に「語彙力がやばい(笑)」と怒られる。現代では、年配の方に「やばい」や「ワンチャン」と使っても通じないこともあるだろう。すると世代間で間違いや誤解が生じる可能性もある。言葉は、みんなが分かることが大前提だ。このような流行語は、言葉としての重みが感じられない。

 二つ目の理由は、日本の文化に根付いた慣れ親しんだ言葉には愛着があるからだ。日本では、食事をするときに「いただきます」と言う。これは、動物や植物の命、農家の思いを「いただく」ということだと教わった。世界では「いただきます」に相当するような言葉はないそうで、日本独特の感覚なのだろう。chatGPTで人は一生のうちに「いただきます」を何回言うか聞いてみたら、1日3回、80年生きるとして、一生涯で約87600回言うそうだ。僕らは約9万回、命に感謝するという計算になる。

 確かに実態と言葉が一致している方が分かりやすいこともあるしかし 「自分の心の内に持っていないものは何一つ自分の財産ではない」という名言があるように 自分に馴染んでいる言葉を使った方が実感が湧くのではないか 。さらに 日本語の言葉には、単に意味だけでなく 文化・心のあり方・人との関係性まで含んだ背景 があることが特徴だ。そのため言葉を知ることは、価値観や行動のあり方にも影響すると思う。だから実態に合わせて言葉を変えていくべきでない。