数年前のことに(感)
小5 あさえり(asaeri)
2025年12月4日
米国人の言語学者と親しくなり家に招待された。テーブルには、肉料理やサラダが並べられ、白いご飯がどんぶりに盛り付けられて出された。ご飯を主食としておかずを併せて食べるのではなくまずご飯を食べるように言われた。食事というものはどの国も制限や、規則が習慣として存在する。同一の食物があることによって文化が異なるとき難しい問題が起きる。
インドでは、食事をする前によく手を洗い、その洗った手で食事を食べる。これはインドの食の習慣で、特にカレーによくつかわれる。また、右手をよく洗い、使うのが一般的だ。日本人は、箸を使って食事をとるが、インドはそんなことはしない。インドは、手をよく、丁寧に洗う代わりに手で食べる。日本は手をあまり洗わない代わりに、道具を使って食べる。これは日本とインドで決定的に違うことだ。私たちからしては、「手で食べるなんてありえない」と思う人が多いと思うが、インドの人からしたら、「なんで手を洗わないの」や「道具なんて使わなくても、しっかりと手を洗えばいいだけなのに」と思っているかもしれない。私はそういうことを考えると、確かに日本人は道具を使えるからと手を洗うのをめんどくさがっているし、インドの人のようにしっかり手で洗って食べれば、少しは洗い物が減るかもしれない、と思う。ただ、私は日本人として生まれてきたから、これまで引き継がれた箸を使って食事をとるということを大事にしていきたい。
お母さんに国によって食事文化が違うことについて聞いた。お母さんは食事文化は日本とアメリカの人では違うといった。それについて詳しく聞くと、アメリカの人たちは、普段食事をナイフやフォークでする。しかし日本人は箸を使う。また、確かに日本人もナイフとフォークで食事をするときはあるが、そういう場合はたいてい、パーティーなどの特別の場所で使う。アメリカも食事をとるための道具は使うが、日本と使う道具は違う。ただ、それぞれの国も、そういった習慣があってその道具を選び、使っているのだから、それはそれでいいと思う。それに私たちだって、ナイフやフォークの方が使いやすいと思う時があるように、もしかしたらアメリカの人たちもそのうち箸の方が使いやすいと思うと思う。このようにお互いの文化を理解し、尊重していけば、世界はもっとよりよくなると思う。
私がまた、アメリカに来ることが会ったら、私はお互いの食への思いを尊重していきたいと思った。また、郷に入れば郷に従えということわざがあるように、自分の国の食の文化を大事にしていけたらと思った。