国によって違う食事の文化
小5 ゆうたろう(akiara)
2025年12月4日
私は気づいた。ご飯は、イタリア料理ではマカロニやスパゲッティと同じくスープに相当する部分なのだと。果たして、それは油と香辛料で料理した、一種のピラフのようなものだった。何かを食べてはいけないという明示的な規則は、外国人にも比較的わかりやすい。ところが自分の国の食物と同じものが、外国の食事の中にありながら、その食物と他の食物との関係が、自国の食事の場合とちがうという、つまり同一の食物の食事全体における価値が、文化によって異なるときに、難しい問題が起きるのである。文化の単位をなしている個々の項目というものは、一つ一つが、他の項目から独立した、それ自体で完結した存在ではなく、他の様々な項目との間で、一種の引っ張り合い、押し合いの対立をしながら、相対的に価値が決まっていくものなのである。
ぼくは、前、ドイツにいたときに幼稚園の給食を作る人がすぐそばにあるスーパーに食べ物を買いに行っていた。スーパーのカートを勝手にスーパーからとってきて幼稚園に置いてあったものを使っていた。日本では出ないアイスや丸い小さなピザも給食で出た。自分が誕生日のときには、幼稚園でも学校でもケーキを持って来ていた。でも、とちゅうでコロナが流行っていたから友だちが、ケーキの代わりに本を持って来ていた。ぼくは、スーパーのカートを勝手に持ち出していたのが怒られないのが驚いた。日本では誕生日のときに何も持って行かないけれど、ドイツでは食べ物を色々持って行ったのがいいなあと思った。
母は、語学学校に母が行っていた時に自分の作った食べ物を持って来ても持ち寄り会をしたらしい。父は、会社の人が誕生日のときにフリッカデッラーという大きいお肉を持って行ったらしい。ぼくは、日本では、誕生日のときには何も持って行かないけれど、ドイツでは色々持っていくんだとわかった。日本では持ち寄り会もないんだとわかった。ぼくは、日本でも持ち寄り会をやってみたいなあと思った。
ぼくは、国によって行儀のいいことや悪いことなどの食事の文化が違うとわかった。だから外国に行くときは、前もってどんなことが行儀がよくてどんなことが行儀が悪いのか調べておこうと思った。