勉強

   小6 あさくさ(asakusa)  2025年12月4日

 「つとめる」とは一生懸命に励むこと、「強いる」とは無理やりやらせることといった意味を持っている。だから、勉強には、何かを無理強いするニュアンスが含まられるため、嫌な印象が残る。だから、勉強しなさいと言われたら嫌な気分になるのはもっともかもしれない。また、日本語の勉強には、次のような使い方もある。例えば、八百屋さんで野菜を買うとする時のことです。できるだけ安く買いたいと思い、値切った時に、八百屋さんが「勉強しましょう」という。これは、本当は安くしたくないけれど仕方なく安くする時にいうこと。だから、勉強にいいイメージがないと思う。

 ぼくは今年の夏に、夏期講習に行き、辛い思いをした。朝の9時から夜の9時まで自習しろと言ってくるのである。そしてそのくらいの時間が必要な感じの量であり。最初の4日間辛いと思った。でも五日後からは大丈夫だった。なれてきたのかもしれないが多分目標ができたからだ。目標ができたらそこに向かって頑張る。だから自習の時間、ぼくは机に向かった。そして目標は、漢字テストで100点を取ることだった。毎日の宿題で、ぼくは20字の問題を5個やるだから、100字なのだ。そしてお母さんから教えてもらった覚え方でやったその次の日に、ぼくは100点をとった。でその次の日は95点をとった。ぼくは、そのよく年にバスケットボールのトライアウトがあり。トライアウトに受かるという、目標があったから、お父さんと一緒に頑張って練習したのだ。チームに入ってからも、州大会出場を目指して週2の厳しい練習に耐えた。だから週大会にも出れた。

 これはお母さんから聞いた話だ。いつも寝る時に天井にポスターを貼り、公式や、漢字を覚えていたそうだ。ぼくは思わず「そこまでするとは!」ぼくも最初は信じがたかったけれど。お母さんは勉強熱心だったら信じられる。でもお母さんにも目標があったから勉強を続けている。受かりたい学校があったかもしれない、テスト勉強だったかもしれない、目標があるからこそ、頑張ってできるのだ。

 人間にとって、勉強とは、「千里の道は一歩から」ということわざもあるように、目標のための第一歩だと思う。受かりたい学校だって、テストだって、勉強しなければ何も始まらない。人間は目標を達成したいから勉強をするのである。目標がなければそもそも勉強はしない。なぜなら必要がないと思っているからだ。必要ないと思っているのは目標を持っていないからだ。だから、人間にとって勉強とは目標のための第一歩である。