清書

   中2 あんじゅ(aenoyo)  2025年12月4日

 キッパリ否定したりすると、「いいえ」が事実の否定を飛び越えて相手の感じ方や考え方の批判にまで及ばないと限りらない。そこで日本人「いいえ」は自然に控えめになる。

欧米人のように「いいえ」とはっきりいうことは大切だ。私は、10月今から2ヶ月前に、母と習い事についての話をした。この習い事は、プロジェクト型の塾で自分のやりたいことを一から企画していくことを学ぶ習いごとだ。将来的に、会社などで働くようになった時に、この習い事から活かせることがあるだろうということで入会した。この習い事では、自分のプロジェクトを発表することがあり、そこでスライドの作成方法を教わって学校でもそのスライド技術を活用することができた。だから、私もこの習い事は自分のためになっているとは思っていた。だが中学生になり忙しくなり、帰る時間が遅くなったことで、その習い事の曜日にいけなくなってしまった。だからその習い事をこれから先どうするかという話になった。私は、1ヶ月ほど休んで様子を見てみたかったのだが、なかなかない習い事で、貴重な経験をできるので母は休まないでほしかったようだ。そこで母が他の曜日にかえると言い始めた。私はそれが嫌だったのだが、母に「どう?これでいい?」と言われて時にはっきりと断れなかった。せっかく話をしてもらっているのに申し訳なかったのだ。その後、話が進んでいく中で不満が膨れはがってしまい、ついに喧嘩になってしまった。その後は、もう一度話し合いをして私は次の1ヶ月(11月)休みたいことを伝えた。結果、母も了承してくれて1ヶ月ほど休み、冬休みの時に、もう一度行くことにした。最初の時にはっきりと言っておけば喧嘩にならすにすんだ。喧嘩は30分ほどで終わったが、それでもその後少しムカムカしてしまった。その時にはっきりと、「嫌だ」「いいえ」と言っておけば話は丸く治ってすぐ終わったのにと思った。はっきりと口にすることで、こちらの気持ちが相手にしっかりと伝わってくれるのだ。これからは、嫌だったり、そうしたくたいなと思った時ははっきりと口にしようと思った。

しかし、日本人が「いいえ」をはっきりと言わなのは相手に対する思いやりの気持ちが働くからだ。私は、一時期昔話を読むのにハマっていた。毎晩、昔話集に載っているお話をひとつ読んで寝ていた。その中でも印象的だったのは「赤い蝋燭と人魚」だ。おじいさんとおばあさんが、人魚を見つけて家の中で我が子のように育てて、人魚が白い蝋燭に花柄の絵を描いて売っていたお話しだ。ある時この人魚が、王子様に気に入られて王城へ連れて行かれることになった。おじいさんと、おばあさんが、人魚のことを大切の育てて、面倒を見、愛情を注いでたはずだったが、その王子様が人魚を連れて行きたいと言われた時に、無理やり人魚を王子様の元に渡した。人魚は、育ててきてもらったおじいさんとお婆さんにそんなことを言われてとてもショックだったと思うが今までの感謝があり、はっきりといいえと言わなかった。そのせいで、人魚は王子に連れて行かれてしまった。このお話では、その人魚が最後赤色の蝋燭に花柄の絵を描いて、その赤い蝋燭を灯すと毎回嵐がやってくるようになったというお話しだ。人魚は、助けてもらって愛情を注がれながら、育ててもらったおじいさんとおばあさんがとてもきつい言い方で王子のことを話されたが、今までの感謝の気持ちが残り、「いいえ」と言えなかったのかと思っている。やはり、日本人は、「いいえ」というときに相手に思いやりの気持ちが入っているからだと思った。思いやりの気持ちなんてなければ、人魚はおじいさんとおばあさんに、反抗していたかもしれない。やはり、人魚に思いやりの気持ちがあったからこそ、最後まで反抗しなかったのかもしれない。

確かに、はっきりと「いいえ」ということは大切だし、相手に対する気持ちも大切だ。だが1番大切なことは、自分の思いを尊重して伝えることではないだろうか。自分が思うように相手に返事すればいいと思う。わざわざ相手のことを気にして遠慮する必要はない。だが、あまり強気で言いたくなくて控えめに物事を言うのも大切だと思う。自分の思うように伝えられないと後悔するし、損してしまう。しっかりと自分の意思を元に発言したり、自分の意見を述べることが大切だと思う。自分の意思を尊重すれば無意識にでも、相手にこちらの気持ちが伝わる。自分の意思を尊重するば後悔することはないし、自分のやりたいことができるだろう。「夢をかなえるためには、自分のやりたいことを言葉にして伝え、語り続けること。そして、あきらめないこと。」という名言があるように自分のやりたいことがある時も、自分の意見や意思を尊重して表に出して行くことで、夢は叶って行くものだ。