行列について

   中1 あおなち(aonati)  2025年12月4日

 今日の都市生活に欠かせない行列という社会現象がある。 駅の切符売り場やタクシー乗り場や学生食堂などでの行列は以前からあったが、 近ごろでは、デパートのトイレの前や昼食時の都心の食堂でも行列は当たり前の光景になった。 今日の大都会がそうであるように、一般に物やサービスの需要・供給関係に一定程度以上の不均衡があるところでは、どこでも行列ができる可能性がある。 行列は要件を一つずつかたづけるという、近代的事務処理の発想に根ざしている。 ギリシアの役所や銀行などでは、相談事を持ってくる人を先着に構わず次々と自室に入れ、 要件を聞いて、処理しやすいものから答えていくというやり方をとることが多い。 事務処理の習慣を持つ社会には、行列はなかなかなじまないようだ。 このように優れて近代的慣行である行列には、独自の論理と構造がある。イギリス人やアメリカ人は行列を当たり前のように考えるようだ。 しかし、ギリシアなどヨーロッパでも工業化がおくれた社会の人々には、そんな行列も羊の群れのように見れるらしい。 工業化社会が近代民主主義の母胎であることがよくわかる。 私は行列に賛成だ。

 理由は、第一にルールを守ることによって物事がスムーズに進むからだ。例えば、災害が起きた時のことだ。避難したとしよう。その時に大切なのは食料だ。 みんな平等に食料をもらうには行列を作る方法が一番適切だ。なぜなら、順番を守らないと 一人一杯と決まっていても 何度も食べてしまう人がいるかもしれないし 遠慮して 食べれない人もいるかもしれない。行列という方法があれば、 みんな平等に、 食料がもらえるはずだ。

 理由は、第二にルールを守らないと混乱が起こるからだ。大谷翔平選手が出る試合のチケットの倍率を調べてみた。例えば、日本の誰もが驚いた日本での開幕の試合。一部の報道によると1000倍ほどだといわれていた。販売サイトに数十万人規模のアクセスがあり、席数に対して非常に多くの申し込みがあったと報じられている。統計学的な試算では約1000人に1人(約1060倍)の倍率になったとの分析が出ている。つまり、1000枚の席に対して約100万人が申し込んだような競争率だった、ということだ。もし、これがインターネット販売ではなく買いに行く方式だったら、ものすごい行列ができて、そこを通った人は大谷選手の凄さを実感することができ、行列によって宣伝の効果もあるのだ。

 確かに、個々の事情を考慮しないことには問題があるが、「悪いことそのものがあるのではない。時と場合によって悪いことがあるのである」という名言もあるように、行列本来の良さを認識するべきだ。