一寸法師

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 「そっ啄の機」とは、ちょうどよいタイミングの大切さを表した言葉で、雛が生まれるときの親鶏と卵の呼吸に由来する。早すぎても遅すぎても、うまくいかない。人の考えも同じで、思いつきはすぐ形になるわけではなく、時間をかけて温める必要がある。

そして、準備が整ったときに小さなきっかけが加わると、考えは大きく育つ。学びや出会いも同様で、繰り返し続ける中で、思いがけない良い瞬間が訪れるのである。

 つい最近の話だ。オムライスを作っているとき卵から変なにおいがした一枚目に、においはしなかった。この時、まるで卵が「早くひっくり返して」といっているようだった。振り返るとそっ琢の機を過ぎていた。その後、母に

「薄焼き卵は早すぎてもだめで遅すぎでもだめだから難しい」

と話していた。母の言葉にぼくは、難しいを簡単に変えるのにはどうすればいいのかという疑問ができた。この疑問の回答を生成AIに聞くと「溶き卵に牛乳を入れると破れにくくなり簡単になる」今度は牛乳を入れて作りたいと思った。

 日本の昔話に「一寸法師」という話がある。この話は日ごろの準備があったからこそ、ちょうどよい時に行動でき、運をつかめたという話です。そっ琢の機という考えは、一寸法師の話にも通じていると思う。一寸法師は体が小さいままでも、都で努力を重ねていた。すぐに何かが変わったわけではないが、力や知恵を温め続けていたからこそ、鬼が現れたその時に勇気を出して行動できたのだと思う。もし準備ができていなければ、その機会は生かせなかったはずだ。ぼくも、日ごろの努力を大切にし、ちょうどよい時に自分の力を発揮できるようにしたい。

石の上にも三年ということわざがあるように一寸法師のようにすぐに結果が出なくてもあきらめずタイミングを大切にすると良いと考えた。そこからぼくは、失敗からも教えてくれるものがあるということが分かった。