人間としての豊かさとは

   中2 あえれま(aerema)  2026年1月1日

 「ここのご飯多くない?」

これは今日、朝ごはんのときに言われた言葉だ。病院のごはんは多い。わたしのご飯は一食分のお米が、なんと二三〇グラムだ。パンに関しては一二〇グラムでバターロールパン三個分である。昨日のお昼ご飯のうどんは三〇〇グラムだった。食べきった後はもう明らか食べ過ぎたと思った。ちなみに主治医の先生に言えば減らしてもらうこともできるらしいのだが、それでも一八〇グラムあたりまでが限度らしい。そうなるとやはり、みんな大体残している。わたしは、主食だけは頑張って食べるようにはしているが、残してしまうことも多い。食べ過ぎて胃薬コース、なんてこともあり得る可能性があるからだ。

 「物質的な豊かさが重要だ。」という意見がある。「火の鳥」という昔話がある。土地はやせていて、村人たちが畑を作ってもあまりよく作物が育たず、生活は楽ではなく、人々はひもじい思いをしていた。ところが、そんな村に追い討ちをかけるような出来事が起こる。火の鳥が来たのだ。その鳥が飛んだところはすべて火事になって燃えてしまったが、今までは森だった部分も、開拓して素晴らしい畑になったという。

 「物質的な豊かさだけでなく、心の豊かさも大切だ。」という意見もある。心の豊かさとは何なのか、わたしは疑問に思った。調べてみると、人間としての感情のこと、らしい。わたしの入院している病棟には、

「心理検査の結果が、思いやりが少ないって出ていた」

と言っていた子がいる。わたしにとって思いやりとは人間として必要な感情だと思う。ちなみにその子は大きな声で人の悪口を言い、病棟のリーダー格と化している。まあ、女子病棟だからそういうことが多々ある。女子病棟しか入院したことがないからわからないが。こういうことを「心の豊かさが足りない」というのだろうか。そうだとすれば心の豊かさは必要だと思う。

 「物質的な豊かさ」も、「心の豊かさ」も大切だ。「いかに才能が豊富でも、人間には誠実がなければ、何事に於いても成功しない。」という太宰治の名言もあるように、人間としての豊かさが大切だ。