タイミングが命を救うとき
小5 あさゆほ(asayuho)
2026年1月2日
本文では、「そっ啄の機」とは、内側からの準備と外側からの刺激がぴったり合う瞬間のことであり、考えや出会いにも同じような決定的なタイミングがあると述べられていた。私はこの考えを読みながら、自分の生活の中にも、気づかないだけで似たような瞬間があるのではないかと思った。特に、タイミングが少し違うだけで結果が大きく変わるという事に強く心を動かされた。
私自身にも、思い返すと「そっ啄の機」のような出来事がある。小さいころ、保育園のお食事セットを家で洗っていたとき、隣に置いてあった包丁が、どういうわけかリビングの方へ飛んでいったことがあった。今思うととても危険な状況だったが、幸いにも誰も近くにおらず、ケガをした人は一人もいなかった。もし包丁が飛ぶタイミングが少しでもずれていたら、誰かが大けがをしていたかもしれない。そう考えると、無意識にそんなことをしていたのが怖いと思ったし、普段は気づかないけれど、日常にもそっ啄の機のような瞬間があるのだと思った。
家族の話を聞いてみても、同じように「タイミングひとつで命が助かった」出来事がいくつもあった。母はスキーの林間コースでスピードを出しすぎてコントロールを失い、金網に突っ込んでしまったことがある。ふと見るとスキー板が金網に引っかかっていて、その下は崖で、ちょうどバスが通っていた。もし引っかかるタイミングが少し違っていたら、命を落としていたかもしれない。父も、子どものころにだんじり祭りで転んでしまい、綱を離してしまったとき、もう少しでだんじりにひかれるところを祖父が引っ張り出して助けてくれたという。祖父が手を伸ばすタイミングが少しでも遅れていたら、どうなっていたかわからない。姉も、自転車で友達と公園に行く途中、青信号で左右に曲がったときにぶつかり、腕にひびが入ったことがあった。曲がるタイミングが違っていれば、ぶつからずにすんだかもしれない。こうした話を聞くと、家族にも一度は危機一髪の経験があるのだと感じたし、まさに「一寸先は闇」ということわざの通り、人生には予想できない瞬間があるのだと思った。
本文を読んで、そして自分や家族の体験を思い返してみて、私は「そっ啄の機」は特別な出来事だけにあるのではなく、日常の中にもひそんでいるのだと気づいた。チャンスも危険も、タイミングひとつで結果が変わる。だからこそ、偶然を待つだけでなく、準備しておくことでチャンスをつかめるのだと思う。そして、いつ訪れるかわからないその瞬間のために、普段から自分の“卵”を育てておくことが大切だと感じた。これからは、ただ毎日を過ごすのではなく、いつか訪れるそっ啄の機を逃さないように、自分の考えや努力を少しずつ積み重ねていきたい。