叱るときは叱る
高1 ヨーヨ(waoho)
2026年1月2日
文章を書く中で、言葉を選ぶことの難しさと、その重みを改めて実感した。何気なく使った言葉が相手を傷つけてしまうこともあれば、自分自身の浅はかさを露わにしてしまうこともある。そして、反省や訓練を重ねることで、言葉は単なる表現手段ではなく、生き方や人との関係性そのものに深く関わっているのだと気づかされる。だからこそ私たちは、叱るという行為の意味を、今一度見つめ直す必要があるのではないだろうか。
そのための方法として第一に、子どもをもっと叱る社会を築いていくことが重要だと考える。なぜなら、叱られることで自分の行動を客観的に振り返る機会が生まれ、誤りに早く気づくことができるからである。人は失敗から学ぶ存在だが、その失敗が大きくなる前に軌道修正できるかどうかは、周囲の大人の関わり方に大きく左右される。適切な叱責は、子どもにとって将来の判断力や自制心を育てる土台となる。たとえば、私が部活動の合宿に参加したときの経験である。普段は家庭でスマートフォンの使用時間をある程度制限されていたが、合宿中は特に厳しい決まりがなく、自由に使える環境だった。そのため夜になると、仲間と同じ部屋で動画を見たり、SNSを確認したりして、気づけば深夜までスマートフォンを触り続けてしまった。その場では楽しかったものの、翌朝の練習では寝不足の影響がはっきりと現れ、集中力が続かず、体も思うように動かなかった。当時は窮屈に感じていた家庭での制限も、自由な状況で同じ行動を取ったことで、その叱責の意味を自分の体を通して理解したのである。この経験から、叱ることは相手を縛るためではなく、本人が後に納得できる気づきを与えるための行為なのだと実感した。
第二に、他人を叱るだけでなく、自分自身を厳しく叱る姿勢も重要である。人は他人の欠点には敏感である一方、自分の過ちには目を向けにくく、都合よく正当化してしまいがちだ。しかし、自らを律し、冷静に省みることができなければ、真の成長は望めない。その好例として、徳川家康の生き方が挙げられる。家康は、1572年の三方ヶ原の戦いにおいて武田信玄に大敗を喫した。この敗北を家康は決して忘れず、敗戦後の自らの苦悶の表情を描かせた「しかみ像」を、生涯手元に置いたとされている。これは、慢心や判断の甘さを戒めるための、自己への厳しい叱責であった。家康が長期にわたる安定した政権を築くことができた背景には、成功の中にあっても自分を甘やかさず、常に自省し続けた姿勢があったと言えるだろう。
確かに、叱ることは容易ではなく、ときに反発を招くこともある。しかし、「叱るとは相手の未来に責任を持つ行為である」と言えるように、相手を思うからこそ必要な厳しさも存在する。結局のところ、他者を適切に叱り、同時に自分自身をも律する姿勢こそが人を成長へと導き、社会全体をより良い方向へ進める力になるのではないだろうか。