お休み宿題:ポイ捨て
中1 あさくに(asakuni)
2026年1月1日
「ポイ捨て」という言葉はとても不思議だ。なぜかというと、「ポイ」というオノマトペが入り、本来の意味からちょっとずらしていると思う。個人的に「ポイ」という言葉を見かける、または聞くと、膨大な自然の中に何も考えずにごみをさりげなく捨てることを考える。だが、実際には教室の床にある消しカスを無意識に机から落とすのもある意味、「ポイ捨て」だ。私は「ポイ捨て」がいいか悪いかと問われたら、「他人がやる分には良い」と答える。
まず第一の理由は「ポイ捨て」した人の人間性がわかるからだ。数週間前、アメリカの中学校へ朝友達と一緒に投稿していた時、私たちの横に止まっていた車の運転手がさりげなく煙草の吸い殻を道路に捨てるのを目の前で目撃した。あまりにも罪悪感あふれる雰囲気で捨てたので、思わず内心で引いてしまった。さらに驚くべきことに、その運転手は捨てた後何もなかったかのように走り去ったので、「ああ、こういうことをする人もいるんだ」と非常に残念に思ったのを記憶している。ここで私が主張したいのは、環境汚染ともいえる「ポイ捨て」はあまりそこまで考えていない人たちに勝手にやらせ、自分は正しいことを続けるべきだということ。そうしたら、いつかはその人たちも自分のこれまでやってきた些細な積み重ねに罪悪感を感じ、変わってくれるだろう。この願いが叶わなくても、その人たちの性格の一部が理解できただけで良いのではないか。「こういう人なんだな」というイメージがあるだけで、人間関係の糸口につながることもあり、非常に得なことだと思う。
二つ目の理由として挙げたいのが、「この状況を振り切る革新的なイノベーションが生まれるかもしれない」ポテンシャルが高いためだ。「そのイノベーションを待つだけで、ポイ捨てを続けさせてたら他人任せじゃないか」という意見もあると思う。しかし、私の場合だと、これからの未来のためにひたすら学ぶということしかできなく、あまり積極的に貢献できない。だが、革新的な事業ができたら、大量にたまったゴミをすぐさま回収し最終的には「黒字」になるのだろうと、私は考える。現在は、株式会社micaなどがIoTトングを使って理想的な街づくりを目指している。IoTトングはどこでどんなゴミが収集されたかをスマホアプリに連絡し、どこにゴミ箱を設置したらいいのかなどポイ捨て撲滅に励んでいる。将来私も「ポイ捨て」などの環境破壊に立ち向かいたいと思っているので、より一層学びに励みたいと思う。
このように再生や新しいイノベーション、そしてその人の人間性がわかるので「ポイ捨て」は他の人がやる分にはいいと思う。確かにポイ捨てをなくすのは環境破壊解決に直結するものだと思うが、そうしてしまったら一部の人が精力的に頑張って、他者は何も緊急性を感じないという、まさに今の世の中みたいな状況になってしまうのではないだろうか。アメリカ人の小説家、アニープルーはかつてこのようなことを言った。「皆が自然の負担を支払わなくてはいけない」と。私はこれを読み、「我々人類が汚してしまったこの美しい地球を我々が取り戻さなくてはならない使命である」と解釈した。 たっぷり自分の意見を述べさしてもらったが、やはりこの作文は空想上の計画に過ぎない。皆様も他人事と思わず、私と一緒に状況改善のための第一歩を踏み出してみませんか。