テレビが普及して(感)

   小6 あこりお(akorio)  2026年1月2日

 読書は積極的な楽しみである。テレビには、読書を助長する一面がある。本の言葉の意味をとらえて、意味相互の間の関係を理解することが、本を読む法、つまり本をよくわかることだ。難しい本は無理せず、自分の読書を続けていくことが大切だ。

 作者の言うように、本を読むのには努力が必要だ。映画やテレビといった受け身の娯楽よりも楽しみが大きいと私は感じる。実例として、ハリーポッターという作品の映画と本を挙げる。私が小学低学年のころ、ハリーポッターシリーズを期限が来るたびに何度も同じ本を借りて、読破を目指していた。そしてやっと一巻を読み終わり、その映画を見てみた。すると、映像になっていたので物語の世界がくっきりとわかりやすかった。しかし、主人公の声が自分の想像と異なったり、想像力が固定されてしまい、面白さが半減されてしまった。さらに、多くのシーンやセリフがカットされていて、途中で見るのをやめてしまった。本だと、恐ろしいシーンを自分で想像したり、ページをとばしたりできるが映画だとそうは行かないので私は本の方が好きだ。しかし、映像にすることでわかりにくかったシーンが一目でわかるようになり、映画にも利点があるとわかった。

 作者の言う「難しい本」に、私は今年出会った。池田書店の「マンガでわかる!シリーズ」だ。マンガで書いてあるところはわかるが、文章で書かれている部分が何度も読まないと頭に入ってこない。借りられる期限の一週間いっぱい読み耽ったが、一週間かけてたったの十六ページまでしか読み進められなかった。しかし、じっくり読んだ知識が今も私の脳みそに刻み込まれていて、読んだ内容はほとんど覚えている。また、「赤毛のレドメイン家」「月長石」と言った推理小説や、「坊ちゃん」や「羅生門」と言うような文学作品などに出会って、難しいながらに読み進めていくうちに、だんだん読むスピードが上がっていった。読めば読むほど勉強になり、新しい景色がどんどん見えてきて、久々に勉強が楽しいと感じることができた。

 このように、たくさん読書を重ねてきた上での私の愛読書は今も変わらず「ハリーポッター」シリーズだ。三年ほど前に読み終えてから、毎日のように読み続けて、今ではストーリー内容をほとんど暗記している。好きこそ物の上手なれだと感じている。

 読書百遍意自ら通ずと言う諺があるように、人間にとって難しい本とは、知識や想像力の扉であるから、何度も繰り返して読み力をつけるべきだと私は考える。何度も読むことによって読む力がつき、次の読書にもつながる。私はこれから、読書によって知識や見聞を広め、学んでいく人生を歩んでいきたい。