タイミングがとてもいいときと悪いとき

   小5 ゆうたろう(akiara)  2026年1月2日

 そっ啄の機という言葉がある。得がたい好機の意味で使われる。比喩であって、もとは、親鳥が、孵化しようとしている卵を外からつついてやる、それと卵の中から殻を破ろうとするとが、ぴったり呼吸の合うことを言ったもののようである。早すぎず遅すぎず。まさにこの時というタイミングがそっ啄の機である。我々はほとんど毎日のように、何かしら新しい考えの卵を頭の中で生み落としている。ただそれを自覚しないだけである。これが立派な思考に育つのは、実際にごくまれな偶然のように考えられている。いくら努力してみても運命の女神が微笑みかけてくれなければ、着想というひなはかえらないであろうと思われる。もっともどんなに運命が味方してくれても、元の卵がないのでは話にならない。人事を尽くして天命を待つ。偶然の奇跡の起こるのを祈る。人間にとって価値のあることは、大体において、時間がかかる。即興に生まれてすばらしい物も時にないではないが、まずふつうはじっくり時間をかけたものでないと、長い生命を持ちにくい。寝させておく。温めておく。そして、決定的瞬間の訪れるのを待つ。そこでことはすべて一挙に解明される。

 ぼくは、バスに乗り遅れそうになったことがあったので、タイミングが悪く信号が点滅してたのにわたってしまった。でも、次信号が青になった後にバスが来た。ぼくは、運がよくバスが来るのが遅れるかもしれないから信号も点滅していたら待とうと思った。

母は、一番下のおっ党とが寝ているときに幼稚園のお迎えの時間になったらベッドからベビーカーに移動しなければならないから起きてしまうかもしれないから幼稚園のお迎えのときは起きていてほしいらしい。ぼくは、でも、ちょうど行く前やぼくがいるときはタイミングがいいからその時いいなあと思った。

ぼくは、鉄は熱いうちに打てということわざがあるように、タイミングがいいときはすぐに実行した方がいいとおもった。