年女は得なの?
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年月日
「カウントダウンが始まります!五、四、三、二、一、ハッピーニューイヤー!」
私と三歳年下の妹とお母さんは、二〇二六年になった瞬間に跳び上がった。二〇二六年になる瞬間に跳ぼうよと言っていたのだ。お母さんと妹は成功したように見えたが、私は先走りしすぎて、先に跳んでしまい、失敗してしまった。七歳年下の妹とお父さんは寝てしまい、私は妹とテレビを見ていて、お母さんはお祖母ちゃんの家にいたため、お祖母ちゃんとおしゃべりをしていた。こんなに夜更かしするのはきっと人生で一番遅い時間だったと思う。妹も、去年は七時になるとすぐに寝てしまっていたため、私は無理して起きていたのではないかと心配になった。
私は、毎年福井のお祖母ちゃんの家で新年を迎えている。一月一日、私たちはお祖父ちゃんの兄弟が営業しているそば屋に集まる。ここは、福井で有名で、長嶋茂雄さんや宮崎駿監督も食べに来たことがある店で、凄くそばが美味しい。親戚一同がそこに集まるのだ。親戚は私の体感で三十人くらいいる。私が一番楽しみなのは、そばが食べれることと、なにより大量のお年玉が貰えるのだ。そして、そば屋で挨拶とお年玉のオンパレードが終わった後、祖父のお兄さんからそばクッキーを貰えてとても嬉しかった。お祖父ちゃんの家に戻ると、今度はお父さんの姉弟からのお年玉と、お祖父ちゃんからのお年玉が待っている。前日に年女だよと圧をかけておいたのに、お年玉の金額はあまり変わらなかったなと感じる。少し期待していたが、年女の期待は現実の結末で終わってしまった。今年はお年玉を貰った後、今年の目標を言う場面があった。従妹が悩んで
「頑張ります。」
と言ったので、悩んでいた私も、
「頑張ります。」
と流れにのった。今年のお年玉もたくさんあったが、私はお父さんに貰った分だけ取って後は貯金にまわした。
お母さんが小さい頃は、親戚がお母さんの家に集まり、親戚一同で麻雀をしていたそうだ。お母さんとお祖父ちゃん、お母さんの妹は弱かったのだが、お祖母ちゃんの家族がとても強く、すぐに並べられた牌を全て当てられたらしい。見えないはずなのに当てられたお母さんの顔を想像すると、クスッと笑ってしまいそうになった。私は、麻雀をしたことがないから、今度家族でやってみたいなと思った。お母さんたちは麻雀をしたあと、みんなでお母さんのお祖父ちゃんが一年間コツコツ貯めた小銭の金額を予想するゲームをしたそうだ。それで、当てられた人になんと全額あげたそうだ。お母さんに当てられたことがあるかと聞くと、忘れてしまったらしく、うーん、あったっけなあと言われた。私は、福井で親戚たちとトランプでババ抜きや七並べや真剣衰弱をして、勝った人が四百円貰えるのだが、それに比べると四百円なんかしょうもないから、私もやりたかったなあと思った。
三つ子の魂百までということわざがあるように、お正月のワクワクは、昔から変わらないということが分かった。だから私は、来年も再来年も、このワクワクを引き継いでいきたいなと思った。
テレビの音と共に、私たちは二〇二六年を迎えた。