自然との接し方

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 農業は自然と調和した営みと見なされがちだが、実際には人間の都合によって自然を管理し、変形させる極めて人工的な行為である。野菜という存在自体が、人間が採集の非効率さを嫌い、植物を管理下に置こうとした結果生まれたものだ。品種改良によって姿や性質まで変えられた野菜は、人間の欲望を強く反映している。しかし現実の農作業では、天候不順や自然災害によって収穫は大きく左右され、人間の努力や技術はしばしば無力となる。農業とは自然を支配する営みではなく、自然の力に翻弄されながら、その「わずかな余剰」を分けてもらう行為にすぎないと気づかされるのである。自然に対して謙虚な気持ちを忘れずに生きていきたい。

まず、自然の恐ろしさと大きさを正しく認識することが重要である。ニュースでは、台風によって畑が水没したり、干ばつによって作物が枯れてしまったりする映像が繰り返し報道される。人間が長い時間をかけて育ててきた作物が、たった数日の異常気象で失われてしまう様子を見ると、人間の技術にははっきりとした限界があることを痛感する。科学が進歩した現代でも、天候そのものを完全に思い通りにすることはできない。植物に水や肥料を与えることはできても、光合成の仕組みを人間が再現することはできず、生命の根本的な働きは自然に委ねられている。自然の力を正しく恐れ、過信しない姿勢を持つことが、自然と向き合う第一歩なのだと思う。

次に、幼いころから自然に親しむ機会を増やすことが重要だ。幼いころ、家の近くの公園で花や虫を観察した経験がある。春には色とりどりの花が咲き、夏には虫が活発に動き回り、秋には葉が色づき、冬には植物が静かに力を蓄えていることに気づいた。同じ場所であっても、季節によって景色や生き物の様子は大きく変わる。その変化は人間の都合とは無関係に進み、自然には独自のリズムがあることを実感した。こうした体験を通して、自然は支配するものではなく、理解し、寄り添うものだという感覚が育まれたように思う。幼いころから自然に触れる経験は、自然への敬意や謙虚さを身につける土台になる。

確かに、人間が自然を管理しなければならない場面もある。農業や治水、防災など、人の暮らしを守るために自然に手を加えることは必要だ。しかし「寒さにふるえた者ほど、太陽の暖かさを感じる」という言葉が示すように、自然の厳しさを知っているからこそ、その恵みの大きさにも気づくことができる。自然を完全に制御できるという思い上がりを捨て、自然の力を認め、感謝しながら向き合う姿勢こそが大切なのだ。自然に対して謙虚な気持ちを持ち続けて生きていきたい。