大晦日

   小6 あおやゆ(aoyayu)  2026年1月1日

 「あぁ今年ももう大晦日かあ」

私は大晦日の日に大人が毎回言うように「今年も早かったな」と思うことは今までなかったが、今年初めて「一年って早いんだな」と感じるようになった。幼稚園生や一年生の頃は1年間が途方もなく長く感じられて誕生日やクリスマスなどの好きな行事がくるたびに「また一年待たないと」と悲しくなったりもしたけれど、最近はその行事が終わったら次の行事と振り返る機会が今私が書いている作文くらいしか無くなってしまったので感じ方が変わってしまったらしい。でもある意味次の行事を知っていてその行事のことを考えて抜かりなく準備することが余裕をもって考えられたということでは成長したかもしれないが、「明日何があるのかな」とワクワクして眠る夜も無くなってしまったと捉えることもできる。改めて、時が経つにつれて人の感じ方や考え方が本当に変わってしまうんだなと思った。

人間が年齢を重ねるにつれて一年が短いと感じるのは「ジャネーの法則」が関係していると新聞記事に書かれていたのを思い出した。ジャネーの法則とは5歳の子供にとっては一年は人生の5分の1だから長く感じるが、50歳の大人にとっては人生は50分の1だから短く感じるというもの。ネットで検索してみると対処法の欄に「好奇心」や「挑戦」「探究」などどうもありきたりな言葉が出てきて、時間とか人生はどうしても数値化したり具体的にするのは難しいんだなと感じた。だからこそ言い表せない感情を人と共有することによってつながりを得たりして豊かになっていく人生を送っていきたいと思う。しかし、困ったものである。感覚的な一年がどんどん短くなっていくのだとしたら20歳くらいで人生の折り返し地点が来てしまう。実際に私が80歳まで生きるとしたらあと68回しかお正月を体験することはできないし、感覚的にいうならば後8回お正月を迎えれば人生を半分くらい過ごしたことになるのだろうか。思ったより時間が少ない。けれど、世の中のお金持ちはみんな五十代くらいになって、今までに人生をかけて積み上げたお金全てを投げ打っても時間が欲しいと思うようになるらしい。若くて元気だった今までの時間は仕事ばかりで好きなことができなかった。五十代になってから好きなことをやろうとしてもスポーツや旅行には限界がある。私が「今年も早かったな」と思うように「人生って早い」と思う。意外なところに共通点がある。

人間にとって時間とは可能性であると思う。時間があるからこそできることもあるけれど限られている時間だからこそ自分のやりたいことを選択することができる。せっかく人間として生まれたなら悔いのないように生きて死ぬときは「やりきった」と思って死にたいものだ。今年も勉強は頑張るがやりたいことを選択して一年を過ごしていきたいなと思った。

「今年の大晦日が終わるなあ。早かったなあ」