そっ啄の機について…………
小5 あきはや(akihaya)
2026年1月2日
そっ琢の機という言葉がある。比喩であって、もとは、親鳥が、孵化しようとしている卵を外から突いてやる。それと卵の中から殻を破ろうとするとのが、ぴったり呼吸の合うことを言ったもののようである。早すぎず遅すぎず。まさにこの時というタイミングがそっ琢の機である。あまり長く放っておけばせっかくの卵も腐ってしまう。また反対に孵化をを急ぐような事があれば、未熟卵として生まれてしまう。勉強したことを機会あるごとに復習していると、知識がおのずから本物になって身につく。それが愉快だと言うのである。学んで時にこれを習う、そっ琢の機はいつやってくるかしれない、折れに触れて立ち返ってみる必要がある、と教えてやっているのであろうか。
僕は、帰り道友達と折り紙の話をしてどっちがどれだけすごいのを作れるか勝負をしていた時、僕は心の奥底の深い沼みたいな場所で折り紙を折りたい、折り紙を折りたい、と言っていた。僕はその友達と話し合っている。一番最初に僕が自慢げに言って、
「僕はドラゴンを約三種類以上作れて、さらにリザードンに刀そして刀に似てる日本刀みたいに刀身の長い物を作れるよ。」
と言ったら、友達も負けんばかりに、友達が胸を張って言い切った。
「そっ、そう言うお前こそエンシェントドラゴンを折れるんだろうな。」
と言われると僕は、迷ったように
「流石にあれはクオルティーが高すぎるから無理だよ。」
と言ったら、友達と仲良く帰って住んでいる家の下に着くと心の声が漏れ出しそうになって小さな声で折り紙おりたいな。といった。家では妹が先についていたのも当たり前だ。なぜなら妹は5時間授業。僕は6時間授業だからだけど妹が友達と下で喋っていたらしくちょっと遅く帰ってきたらしい。僕はおっきな声で、
「折り紙折りたいよ〜。」
そしたら妹がランドセルから折り紙を取り出して折り紙を追っていた物だから、ずるくてずるくて仕方がなく
「折り紙ちょうだい。」
と言った。そしたら妹が無言でまるでいいよと言うように渡してくれた。ちょう偶然だね。
お母さんが子供の時に色々と厄介ごとがあったらしい。でも僕にはさっぱり無関係か関係があるのかも僕の役に立つのかもわからない。それは、お母さんが小学生の頃に、一番遅かった事があるらしい。それが
「夏休みの残り少なくなって自由研究に取り組むと考える時間や、製作時間も少なくなってしまい結局はやっつけ仕事になってしまう。」
と笑って言っていた。きっと小さいころにあったいろいろな事を思い出したのだろう。僕は次に子供の頃に最も早すぎてやってしまったことはというとにっこり答えた。
「それは、数学の勉強をしていた時かな。数学の勉強をしてた時に楽しくてついつい予習をしてしちゃって、わからない場所があって後日数学の先生に分からない事を聞いた時に『授業でやります。』と言われたよ。」
と答えた。その時はなんだかんだ面白い雰囲気に包まれていた。僕はまじで、そんなに数学って楽しいことなの、と思った。
鉄は熱いうちに打て。ということわざのように物事には最適なタイミングがあり、好機を逃さず行動すること、そして人の教育や鍛錬は、柔軟で吸収力のある若いうちにすべき、ということのように物事をうまく成し遂げるには対明が重要さらに息が合うかが重要だ。そして、馬が合ういわゆるタイミングまたは息が合うにも似ているという事がよくわかった。