民主主義

   高1 あえたき(aetaki)  2026年1月2日

 現在、北朝鮮では朝鮮労働党による一党の独裁政治が行われており、国民による体制批判などの人としての自由は大きく奪われている。また、最近アメリカによって体制転換がされたベネズエラでもマドゥロ政権による独裁体制が続き、国民は苦しい生活を強いられていた。果たしてこのような独裁的な体制は許されるのだろうか。私たちは民主主義を守っていくべきだと思う。

 そのための第一の方法として、私たち国民が積極的に選挙や話し合いに参加していくことだ。私が中学二、三年生の時、学級委員としてクラス全体の話し合いのまとめや、学年全体の行事などの取りまとめを行なっていたりした。ある時、クラス目標をどうするのかという話し合いになったのだが、これが決まるまでにかなりの時間を要した。中学二、三年生になり、クラス目標など、どうでもいいという空気が広まるため、誰も案を出さずなかなか決まらなかったのだ。誰も案を出さず、時間だけがすぎて無駄な行為になってしまうので、学級委員でいくつかインターネットで検索したものを候補に出し、それを組み合わせたものを投票でクラス目標として決定した。一見すると、ただのクラス目標の話し合いに見えるがこれが選挙という大きな話し合いになればどうだろう。自らの持つ選挙権を放棄し、「誰かが投票するから大丈夫」、「どうでもいい」と言ってしまえば、学級委員が勝手に案を選別し、クラスのみんなに選ばせたように、国という大きな規模でも誰かがれ利益を得るために望む方向に動かすための案を提示し、私たちに選択を迫るかもしれない。話し合いや選挙に参加しなければ、選択に対する文句も言えなくなってしまう。私たちが積極的に話し合いや選挙に参加することは民主主義を守るために大切である。

 また、第二の方法として国民全体の政治的教養を高めて民主主義の価値を理解することである。私たちが、そのものが貴重であると言われなければ、大切に扱おうとする心が生まれにくいのと同様に、民主主義が私たちが自由に生きていくために大切なものであるということがわからなければ、民主主義を守るための行動をしようと思わないだろう。私たち学生は、社会の授業で、様々な国の政治のあり方を見ていく。もちろん日本という国の民主主義はどういう仕組みで成り立っているのか、そして、それはどのようにして守られているのか、普段学ばずに生きていれば気づくことのできないことを学ぶ。その中で、私は独裁主義の一例を学んだ。中国という国ではと外見では民主主義を装っているものも、その他の小党は実質的な力を持たず、中国共産党という巨大な党によって独裁が行われている。権力をより安定的なものにするために、内部の粛清を行うということを聞いて、自由に意見を発することのできない社会に対する怖さを感じた。生まれた頃から独裁主義の国に生まれたら、その体制に疑問を感じることもないのかもしれない。私たちが政治のあり方を学び、民主主義の価値を学ぶことは民主主義を守るっために大切である。

 確かに独裁的な政治は効率がいい。しかし効率の良い方法が最善の方法であるとは言えない。「人間の社会は、誰か一人ではなく、そこにいる全ての人と作り上げるものである」という名言があるように、多くの人が互いに協力し合い、自由に生きていく社会を作るには、民主主義はなくてはならない。独裁による社会では倒錯に気がつかない。民主主義を守るためにも、私は政治に積極的に関わるため、十八歳になったら選挙に必ずいくようにしたい。