タイミングがとてもいいときと悪いとき

   小5 ゆうたろう(akiara)  2026年1月2日

 そっ啄の機という言葉がある。得がたい好機の意味で使われる。早すぎず遅すぎず。まさにこの時というタイミングがそっ啄の機である。我々はほとんど毎日のように、何かしら新しい考えの卵を頭の中で生み落としている。ただそれを自覚しないだけである。これが立派な思考に育つのは、実際にごくまれな偶然のように考えられている人間にとって価値のあることは、大体において、時間がかかる。即興に生まれてすばらしい物も時にないではないが、まずふつうはじっくり時間をかけたものでないと、長い生命を持ちにくい。寝させておく。温めておく。そして、決定的瞬間の訪れるのを待つ。そこでことはすべて一挙に解明される。

 ぼくは、バスに乗り遅れそうになったことがあったので、タイミングが悪く信号が点滅していたのにわたってしまった。でも、次信号が青になった後にバスが来た。ぼくは、運がよくバスが来るのが遅れるかもしれないから信号も点滅していたら待とうと思った。

母は、一番下の弟が寝ているときに幼稚園のお迎えの時間になったらベッドからベビーカーに移動しなければならないから起きてしまうかもしれないから幼稚園のお迎えのときは起きていてほしいらしい。ぼくは、でも、ちょうど行く前やぼくがいるときはタイミングがいいからその時いいなあと思った。あと、母は、広報を見ていたら、バスケットボール教室が、ぼくの家から学校への逆方向に西浦体育館という体育館があって一月から三月まで毎週木曜日に十回あると書いてあったらしい。ちょうど今、ぼく成長するときだしスイミングも木曜から土曜日に変更したし、少し、学校の体育でせっかく下からタイミングがいいと言っていた。でも、ぼくは、行ってみたら、みんな一年とか二年とか三年やっていると言っていたので、いつもやっているとわかった。

ぼくは、鉄は熱いうちに打てということわざがあるように、タイミングがいいときはすぐに実行した方がいいとおもった。