世間にとらわれすぎると

   中1 あささわ(asasawa)  2026年1月3日

 日本人の多くは、社会を構成する個人としてよりも、世間の中にいる、一人の人間として行動している部分の方が多いのである。日本人はできるだけ目立たないように生きることが大切であると考え、自分の能力も必要以上に示さないようにする。日本人が何よりも怖いと思っているのは「世間」から爪弾きされることだからである。そこでは礼儀さえ心得ていればすべては慣習どおりに進み、得体のしれない相手とともに行動するときの不安などはないから、世間の中で暮らす方が社会の中で暮らすよりも暮らしやすく、楽なのだ。私は世間にとらわれすぎず、自分の個性を大事にしたほうがいいと思う。

 第一の理由はリードしてくれる人がいなくなってしまうからだ。私は、グループワークがうまくできなかったとき、本来は自分の意見を共有する場なのに、周りに氷のような空気が流れて誰も発言できなくなってしまった。普段から世間の目を気にして受け身でいた私は、ただ硬直していた。そんなときに、一歩リードして意見を出してくれた子がいて、その子のおかげでグループワークはいい方向に進んだ。もしこの時に、リードしてくれた子がいなかったら、永遠にグループワークが進まなかっただろう。そう考えると、周りの目を気にして発言しなかった私がばからしくなった。このおかげで、周りと違うことは、周りにいい影響を与えるということに気付き、そこからは積極的に意見を出すようになった。普段から、世間の中で生きているとみなと違うことは恥ずかしいことだと考えられがちだが、自分の個性を大事にしていれば、場を和ますことができるので、世間にとらわれすぎないことが大切だ。

 第二の理由は自分の個性を忘れてしまうからだ。日本人は最近、はやりの服だとか、見た目のかわいさが統一してきている。私はどちらかというと、動きやすくて着心地がいい、適当な服を着ている。だが、外に出てみると、皆それぞれ似たかわいらしい服装を着ている。皆が、同じ系統の服を着ている中で、私だけ全く違う服を着ていると、いたたまれなくなって、結局みなと同じような服を買ってしまう。未だに、自分らしい服装をしたいが、周りにダサい言われるのが怖くて、着たい服を着られずにいる。そんな似たような思いをしている人はデータの中にもいると思う。2007年の親が女の子に望む職業の調査では、一位が看護師で15.5%、二位が教師で11.1%、三位が保母で9.8%になっていた。その中でも、一位の看護師は、約1万8000もの職業がある中で、全体の一割以上が同じ職業を選んでいて驚愕した。でもこの結果から、もしかすると、なりたい職業があっても親からの期待で、自分の意見が親に認められない人もいそうだ。それは看護師以外にも言える。そう考えると、世間の中で生きることは自分の個性を捨てて生きることになってしまう。そうならないように、自分の個性を尊重し生きていくことは非常に大切なのだ。

 確かに、世間の中で生きていくことは平和で安心かもしれない。しかし、「人生に意味はない。あるのは欲望だ。欲望があるから、バラはバラらしく花を咲かせている。」という名言があるように、自分のしたい個性を生かして自分らしく生きることが大切だ。逆に、平和で安心な世間のために、皆と同じように生きて、自分の欲望を捨てるということはバラを枯らすことになる。だから私は、世間にとらわれすぎず、自分の個性を大事にしたほうがいいと思うのだ。私はこれから、自分の殻を破って、自分の着たい服を着てみようと思う。